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奈良・御所市で醸(かも)される名酒の「裏」の話 - 大和酒蔵風物誌・第5回「裏百楽門」(葛城酒造)by侘助(その1)

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不思議な名前「裏」百楽門の由来

 面白い名の酒がある。「百楽門」という文字を裏側から読んで「裏百楽門」。酒瓶のラベルの文字をみなければ読み方というか、読み方のコツはわからない。あるいは、ラベルの文字をみただけでは、その説明を聞かなければわからないかもしれない。

 

 百楽門は奈良県御所市に蔵を構える葛城酒造のブランド名で、この酒蔵では、この名前の下、さまざまな種類のお酒をつくっている。大吟醸も、濁酒も、生酒も、古酒も、基本的にすべて百楽門の名で世に出ている。要するに、葛城酒造がつくるお酒はすべて百楽門ということだ。そんななかの裏百楽門、この不思議な名前はどうしてつけられたのか。

 

ラベル文字が鏡像となる裏百楽門


 「数年前にウンカが大発生して田んぼがやられて、酒米の仕入れが難しくなりました。通常の7割しか手に入らなくなって、あとの3割をどうしようかと。お客さんには届けなければならないし、はいそうですかと3割も減産することはできません」。そう話すのは、葛城酒造四代目蔵元の久保伊作代表取締役。

 

 「そこで正式な酒米ではなく、規格外で収穫された所謂クズ米を使うことを思いつきました。1等、2等の酒米とは違って、形が崩れたりいびつだったりする米ならあるということだったので、同じ種類の米だから酒にすれば同じだろうという発想で急場をしのごうとしたわけです。何とか生産にこぎつけましたが、さすがに正規品と同じ名前で売ることはできないので、ラベルの文字を鏡像にして裏百楽門と名づけました」。


 その場をしのぐためにつくったお酒なので、一時的な商品のつもりだったのが、卸している小売店で変わった名前のお酒があると話題になって、かえってこちらのほうに人気が集まるようになった。不作の年を越えてもなお注文がやまないので、結局このブランドで今も生産を続けているという。

 

 「クズ米といっても、酒米の正式の規格に合わないというだけで中身は変わりません。厄介なのは正式の酒米と違って水分を吸収しにくいから表面に水分が残って、酒づくりがとても難しくなることです。通常の場合よりも時間も手間も多くかかる。しかも、規格米を使わないと、純米酒とか吟醸酒とかうたえない。だから、たとえ精米歩合が50%でも大吟醸とは表示できないんです。」と四代目。

 

 なるほど、そうなると値段も高くはつけられない。それで中身が規格米のそれと遜色がなければ人気が出るのは当たり前だ。生産者の損は、すなわち消費者の得にほかならない。

 

 

「コアなファンに愛される酒をつくりたい」

 

裏百楽門のラベル(精米歩合50%なのに大吟醸の表示はない)


 数年前に蔵の杜氏が急逝して一時休業状態となった。四代目は蔵をどうしていくか迷ったが、田原本にある地酒のお店で一般のお客様と一緒にお酒を呑む会をやるというので出てみたら、自分の蔵の酒が一番うまかった。この味は残さなければとの思いで自ら杜氏となって今に到っている。

 

 「裏百楽門もそうですが、自分がつくったお酒を世間が認めてくれる。酒づくりで一番うれしいのはそこです。ただ、ひとの好みはいろいろなので、大勢のひとに認められたいというよりも、コアなファンに愛されるお酒をつくりたい。そういうひとたちの選択肢のひとつに必ず百楽門が入っている。そんなお酒づくりこそが、葛城酒造の理想とするところです」。

 

 

百楽門を継ぐ事業継承者を探して

 シンプルだがピュアなポリシーを貫くこの蔵に、一昨年から新しい仲間が加わった。他の多くの酒蔵の御多分に漏れず、葛城酒造には後継者が不在で、100年以上続いた百楽門の歴史も、このままいくと四代目の代で幕を閉じなければならない。百楽門への愛から酒づくりに励んできた四代目からすれば、それは耐えがたいことだった。そこで、目をつけたのが事業承継。代々親族で継承してきた蔵だが、百楽門という酒がつくり続けられるのなら、蔵を継ぐのをそれに限ることはないのではないか。そこで、奈良県事業承継・引き継ぎ支援センターに相談したところ、酒づくりに興味を抱いて同センターに登録していた谷口明美さんを紹介された。

 

葛城酒造


 谷口さんは約30年間証券会社や保険会社に勤めたが、そのいっぽうでものづくりへの思いも育み続けてきた。「趣味や習い事として、和裁や洋裁、珍しいところでは金継ぎ、つまみ細工などいろいろなことをやってきましたが、どれも一生をかけるほどのものとは思えませんでした。それがあるとき旅先で呑んだ日本酒が思っていたものと違っていた。お酒は大好きで、妹とよく晩酌してました。だから、自分でお酒がつくれたら素敵だなと思って、お酒づくりについて調べてみました。そうすると、酒造免許という大きな壁があることを知りました。一から新しい蔵を興すのはまず難しいと考えて、事業承継という手段を考えました」。


 事業承継支援センターの計らいで初めて葛城酒造を訪れたとき、谷口さんのなかに何かビビッとくるものがあったという。久保代表のものづくりに対する考え方に共感できたし、人柄も信頼できそうだった。また、席上で酒づくりの神様といわれる先生が百楽門を絶賛したという。それまでは他の蔵とも比較しながら決めようと思っていたが、唯一初めてのその顔合わせで、四代目とともに百楽門を守っていくと決めた。谷口共同代表の誕生である。

 

久保伊作四代目蔵元(左)と谷口明美共同代表(右)


 現在、経営面では共同代表として、酒づくりでは見習いとして、蔵に住み込みながら働いている。「今は四代目についてお酒づくりを学んでいる最中で、その点ではまだまだですが、寡黙な師匠の背中を見ながら、ひとつひとつの作業がどんな意味をもっているか考えて発見していくのが楽しみです。今はパズルのようにバラバラですが、いずれそれらがつながって最終的に完成すると信じています」と楽しそうに語る谷口共同代表。蔵は葛城山の麓で冬の季節はいかにも寒そうだが、酒づくりに込めた谷口さんの熱意はそれをものともしないようだ。

 

 

酒米「雄町」へのこだわり

 百楽門を特徴づける最も重要な要素は、「雄町」という酒米の使用だ。雄町は「山田錦」、「五百万石」、「美山錦」と並ぶ四大酒米のひとつとされ、酒米のなかでは古くからある品種で、現存する酒米の三分の二の品種の祖先といわれている。酒づくりで重視される心白(米の中心にある白い部分)が他に比べて大きく、吸水性や糖化性に優れているが、実ったときの背丈が大きく台風などの災害で倒れやすいという難しさがあることから、現在ではその生産の90%が気候の温暖な岡山県に集中している。雄町が祖米となっているのは、その栽培上の弱点を克服するために品種改良を重ねた結果といっていい。この良質な酒米から、今を代表する様々な酒米が枝分かれしていった。

 

醸造用のタンク


 葛城酒造は、もっと育てやすく扱いやすい他の酒米ではなく、あくまで雄町にこだわる。久保四代目はいう。「その大きな心白のおかげで、ふくよかでまろやかな、味に幅のある柔らかい日本酒ができます。山田錦や五百万石がさらっとしてキレがよく呑みやすいお酒になるのとは対照的ですね。山田錦などの味わいは今流行りで、品評会で金賞をねらうならむしろこちらのほうが向いていると思いますが、うちの蔵ではあくまで雄町のあの芳醇な味わいにこだわりたいし、さらにこれを追求していきたいですね」。


 確かに、裏百楽門を呑んだとき、口にふくんだとたんフワッと口内に広がるあのふくよかな味わいは、精米歩合50%のお酒とは思えないほどの呑み応えを感じさせた。最近、吟醸系よりも米の味を強く表現する純米酒のほうに惹かれる者としては、その広がりは何物にも変えがたい魅力で、その馥郁(ふくいく)たる味わいが雄町から来ていると知って、改めて酒づくりのフィールドの広さを思い知った。酒はつまるところ米と水なり。


 酒は好き好きと繰り返す四代目は、「それぞれの好みでおいしいと思ってくれて、そのとき自分の顔を思い浮かべてくれたらなお嬉しい」という。四代目にとって酒づくりは人間関係の延長上にあって、だからこそ、日々人間的な研鑽を積まなければならない。「もっと酒づくりのことがわかりたい、まだまだわからないところがたくさんある」と語る四代目の表情は、次代に事業を引き継ごうとしている者とは思えないほど、いたって若々しくみえる。

 

 

日本初 芍薬から採取の酵母で酒づくり

 いっぽう、まだ修行中の谷口共同代表にも、将来の酒づくりへの期待だけでなく、目下取り組み中の楽しみがある。それは、地元御所の仲間と協力して、御所産の米と同じく地元で採取された酵母を使って新しい地酒をプロデュースする取り組み。蔵のすぐ近くの「さんろく自然塾楳田ファーム」の芍薬(しゃくやく)から採取された酵母が、奈良県産業振興総合センターの研究で清酒醸造用に使用できることがわかった。芍薬の花から清酒醸造用の酵母を分離した例は過去になく、日本で初めて発見された酵母なのだそう。

 

 筆者が蔵を訪ねたときには、すでに発酵もだいぶ進んでいて、四代目が愛おしそうに醪(もろみ)をみながら、「何しろ初めての米と酵母だからどうなるかわからない」とつぶやくいっぽうで、谷口さんは「このお酒ができたら、御所でしか呑むことのできないお酒として町おこしの話題づくりにつなげたい。」と期待を隠さない。あるいは、この記事が掲載される頃にはすでにできあがっているかもしれない。乞うご期待である。(その2に続く)

 

読者プレゼント 「裏百楽門」を抽選で3名様に

 

 今回紹介するお酒「裏百楽門」を奈良新聞デジタル会員登録者にプレゼントします。ご希望の方は下記のURLからご応募ください。奈良新聞デジタル(無料会員含む)読者の中から抽選で計3名の方に賞品をお届けします。締め切りは2024年3月29日。当選は発送をもってかえさせていただきます。

https://www.nara-np.co.jp/special_present/

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