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【読者プレゼントあり】創意工夫で追い求める新しい味、香りのビール - 大和酒蔵風物誌・第7回クラフトビール(奈良醸造)by侘助(その2)

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ビール造りは個性の表現

奈良県職員からクラフトビールの道へ

 ところで、浪岡さんはどうしてこの道に入ったのか。こういう場合はたいていビール好きが高じて呑む方から造る方になったという話が定番だが、この方の場合、はじめはそんなにビール好きではなかったという。苦いし、すぐにお腹が膨れるし、酔うにはコスパの悪い飲み物だと思っていたそうだ。しかも、大学を卒業して公務員として奈良県に就職した。土木技師として河川や道路行政に携わって、そのままおとなしくしていれば安定した人生を送れることは間違いない。それが、それほどビール好きでもないのに、確たる前途のみえない業界に飛び込んだ。その理由ははたして何だったのか。

 

工場で説明する浪岡社長


 「県職員のときに東京に出向する機会があって、友達に海外のビールを扱うお店へ連れていってもらったんです。そのときのビールがとても美味しくて、ビールに対する認識が一変しました。大手のビールとはまったく違うんですね。当時はまだクラフトビールという概念が浸透していませんでしたが、東京にはその手のビールを扱うお店がたくさんあって、それ以降、いろいろなところを訪ねては、いろいろななビールを楽しみました」。


 「そうこうしているうちに、奈良に戻って天川村の県の出張所勤務になったとき、村の若手職員と地域興しについて雑談をする中で、以前村の有名な「ごろごろ水」を使って地ビールを造っていたところがあることを知りました。そのときは、地域振興の手段としてビールもいいんじゃないかと思ったものですから、それをきっかけにビール造りについて調べるようになりました。ただ、それは誰かがビール造りをするのであれば、それをバックアップすることもできる、というあくまで行政的な観点からにすぎませんでした」。


 「実は県庁に就職したとき、一生公務員をやるのか確たる思いはなく、ある程度お金がたまったら世界一周にでも出かけたい、なんて気楽なことを考えていました。それでもいろいろな部署で貴重な経験をさせていただいて10年ほどは役人生活を楽しんでいたのですが、ビール造りについて調べるようになって以来、一公務員としてバックアップするよりも、自分でやってみるという選択肢もありかなと思いはじめました。その後、誰も手を挙げるひとも出てこないし、たまたま本気でやる気があるならブルワリーを紹介して下さるというひとが現れたので、じゃあ自分がと思ってこの世界に飛び込みました。その後京都のブルワリーで2年間見習いをした後、奈良醸造を設立したわけです」(浪岡さん)。

 

味わいや香りの違う多様なビールたち

奈良醸造の商品たち

 

 お話を伺ったタップルームのテーブルにはとりどりのビールが並べられていた。写真にある缶ビールは、奈良醸造の商品のなかでも数少ない定番ビールである。


 「『Function』と『Integral』は自分が理想とするビールを異なる味で商品化しました。Functionは一言でいえば、ホップと麦芽の香りと苦味を存分に堪能できるビールです。自分が初めてビールの美味しさを理解するきっかけになったのがベルギーの白ビールの一種だったのですが、これをイメージして造っています。夏でも冬でもいつ呑んでも美味しい。いっぽう、ntegralのほうは、ホップや麦以上に、酵母の香りを楽しめるタイプのビールです。ビールの美味しさは酵母にもありますからね」。


 それから『Philharmony』も定番のひとつですが、これは奈良県産の大和橘を使って造ったビールです。大和橘といえば酸っぱくて苦いというイメージがありますが、ビール造りにはそれがちょうどいい。しかも、ビールにするとそれほど酸っぱくないし、とても優しい味になります。口当たりが良くて苦味の少ない、どちらかというとビールの苦手な方にも美味しく呑んで頂ける商品だと思います。さらに香り付けに下市産のレモングラスを使用していますので、ビールの定番の素材と奈良県の地元の産品がオーケストラのように共演したビールといえるでしょう」(浪岡さん)。


 とりどりの缶ビールの傍らに瓶詰のビールがある。「Integral」750ミリリットルの大瓶タイプだ。これは従来の樽と缶の路線とは別のビールになるのか。

 
 「この瓶詰はシャンパンと同じ瓶内二次発酵という製法で造られています。缶ビールの場合は炭酸のかかっているビールを缶詰めするんですけど、こちらは炭酸のかかる前のビールを瓶詰めして、その中で糖分と酵母で炭酸ガスを発生させる製法になります。現在では珍しいといわれますが、実はもともとビールはこうした製法で造られていました。18世紀、19世紀のヨーロッパでは瓶の中の発酵過程から炭酸が発生するこのようなビールが造られていました」(浪岡さん)。

 

 浪岡さんによれば、現在多く流通している市販のビールは発酵させたビールに炭酸ガスをかけてあのシュワシュワ感を出しているが、炭酸ガスを工業的に発生させる技術は20世紀に生まれた。それまでは、だから、ビールは瓶内二次発酵、つまり一度発酵させたビールを瓶に入れてもう一度発酵させるという手法が主だったという。では、そうして出来上がったビールはどんな味がするのか。


 「瓶の中で再発酵しますので酵母によって生まれる香りの深みがもうひとつ乗っかって複雑な味になっていきます。あとは熟成ですね。通常のビールだと保存する缶のなかで酸素に触れますので、劣化が進むのが早まります。これに対して二次発酵のほうは、再発酵する過程で瓶の中の酸素が全部消費されてしまいますので、ビールにとっては理想的な状態を保つことができます。そのおかげで長期熟成が可能になるんですね。私どもの缶ビールの賞味期限は3~6カ月ですが、瓶詰のほうは3~4年です」。


 「それだけ熟成させると、ビールの味わいが丸くなってきます。出来立てのビールはホップの香りが立っていたり、苦味が効いていますが、熟成すると甘味が出てきて、苦味と甘味の良いバランスが出て、呑みやすくなったり、香りが落ち着いたりします。ビールは出来立てを呑むものという考えが定着していますが、世界的にはこのように熟成させて呑む方法もごく一般的にあります。缶のビールとは違う変化を楽しんでいただけるのではと思います」(浪岡さん)。

 

万人向けでは、ぼけてしまう。目指すは自分が美味しいと思えるビール

ビールとセットで作られるポストカード

 

 日々さまざまなチャレンジをする浪岡さんだが、最後に、ビール造りについての思いを聞いた。


 「まずは自分が美味しいと思うビールをつくることですね。クラフトビールに万人受けするビールなんてないと思うんです。その意味で、多様性を表現できるのがクラフトビールだと考えています。ホップ以外にも大和橘のようにいろいろな材料を使うこともできますしね。それが定番を少なくしていつも新しいビールを造り続けている理由です。私自身もビールに関してはいまだに好き嫌いがあります。自分の美味しいと思ったビールを造って、それを少数でもお客様が美味しいと思ってくれたらそれでいい。けっして万人が美味しいと思うところは狙いません」。


 「それが今の仕事と公務員をやっていた頃の仕事との大きな違いです。たとえば、道路を造るときはどんなひとでも歩きやすい、使いやすいものを目指します。その役割からいって、万人が使うのだから万人向けにするのが当たり前です。しかし、ビールはあくまで嗜好品なので、みんなが同じものを好む必要はありません。もしそこを狙うと味がぼやけてしまうように思うんです。その意味では私のビール造りは個性の表現といえると思います」。


 「ただ、自画自賛してそれを押し売りするつもりはありません。PRはある意味で自画自賛ですよね。自分のつくったものが美味しいからみんなに呑んでほしいというメッセージです。私の場合は、その手のPRよりも商品そのものに力を入れたい。新しいビールでいかに個性を表現するか、そしてそれを少数のひとでも認めて下さって、少しずつ広がっていってくれればありがたいと思っています」。


 「個々のビールにラベルと同じデザインのポストカードを用意しているのも、そんな思いからです。カードを通してビールのコンセプトを共有頂いて、それを理解して下さる方々に実際に試してみたいと思って頂ければ何よりです。今クラフトビールはちょっとしたブームになっていて、奈良醸造のビールを認めてくださるお客様も徐々に増えてきています。そんな方々に支えられながら、これからもビール造りを通して多様性の追求や個性の表現に取り組んでいきたいと思います」(浪岡さん)。

 

醸造中のタンク


 ビールのコンセプトを伝えるためにデザイナーにラベルをデザインしてもらうというやり方は、奈良醸造のビール造りそのものを象徴している。通常、定番のビールをひとつか、場合によってはいくつか造って、そこにそれぞれのラベルを用意して商品として完成する。大手のビールメーカーはげんにそうしている。いっぽう、つねに新しいビールを生産し続ける奈良醸造の商品づくりには、つねに新しいデザインラベルが必要になる。それがすなわちそれぞれのビールたちの個性に表すことになる。


 浪岡さんは、自分たち造り手にはその手の表現が苦手なのでデザイナーから力を借りているとおっしゃっていたが、見方を変えれば、この方のビール造りそのものもまた表現活動のひとつだといっていい。御本人にいわせれば、それが多様性や個性の表現となるのだろうが、お話を伺う中で、そのビール造りは、表現という活動のもっと深い部分に触れているのではないかと感じた。つまり、デザイナーが絵筆や絵具を使ってひとつの作品を完成させるように、浪岡さんもまた、ホップや麦芽やときに大和橘を使って、この世でたったひとつしかないビールという作品を完成させる。ビールとラベルとポストカードに親和性があるのはそのせいだ。

 

 少し大げさにいえば、この方のつくるビールのひとつひとつにそれぞれの世界がある。浪岡さんは日々新しいビール造りに挑戦することで、その世界を幾重にも拡張していく。それは、あたかも見知らぬ土地を訪れて、そこで新しい発見をする旅に似ていて、浪岡さんが若い頃、お金がたまれば行きたいと思っていた世界旅行を彷彿とさせる。この方がとても楽しそうにビールの話をするのは、ビールを作品として表現することで、実は若い頃からの夢を別のかたちで実現させているからではないかと思った。(その3に続く)

 

読者プレゼント 「Integral」を抽選で3名様に

 

 今回紹介するお酒「Integral」を奈良新聞デジタルパスポート会員にプレゼントします。ご希望の方は下記のURLからご応募ください。奈良新聞デジタル(無料会員含む)読者の中から抽選で計3名の方に賞品をお届けします。締め切りは2025年2月12日。当選は発送をもってかえさせていただきます。

 

※20歳未満の方は応募できません。

 

 

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