歴史文化

叡尊上人が復興した真言律の古刹 - 西大寺・大和古社寺巡礼023

関連ワード:

西大寺(西大寺)

※社寺名は、基本的に現在使われている名称によりました。

※( )内は、神社は『延喜式』神名帳による表記、寺院は史料にみえる表記です。

※記事中の写真の無断転載を禁止します。

 

 孝謙上皇が藤原仲麻呂の乱の平定を四天王に祈請し、乱の平定後に四天王像を造立。平安時代に一時衰退したものの鎌倉時代に稀代(きたい)の名僧とうたわれた興正菩薩叡尊上人が復興した真言律の古刹。

南大門方面から東塔基壇跡と本堂を望む

エリア/奈良市

ご本尊/釈迦如来(鎌倉時代・重要文化財)

ご利益/諸願成就

宗 派/真言律宗

 

縁起

 孝謙上皇が天平宝字8(764)年に起こった藤原仲麻呂の乱の平定や鎮護国家を四天王に祈願され、乱の平定後に称徳天皇(孝謙天皇重祚〈ちょうそ〉)は四天王像を造立し四王堂を建立。その後、一大伽藍(がらん)として西大寺が創建されました。天平神護2(766)年12月に、称徳天皇が西大寺に行幸したことが『続日本紀』に記されています。

 

 平安時代には一時衰退しましたが、鎌倉時代に興正菩薩叡尊上人によって、密教と戒律を兼修する「真言律」の根本道場として復興されました。叡尊上人は当時おろそかにされがちであった戒律を復興し、仏教の開祖・釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)の原点に戻るとともに、恵まれない人々への救済事業などの社会福祉事業にも力を注ぎました。また叡尊上人が光明真言の功徳を広く民衆に廻(まわ)らせようと始めた光明真言土砂加持大法会は、今も西大寺一門の最大の年中行事であり、大切な法会として受け継がれています。

 

 西大寺は室町時代の兵火などにより堂塔を失ったものの法灯が守られ、また「西大寺の最も大きな特徴は、安置仏の多いこと」(太田博太郎『南都七大寺の歴史と年表』岩波書店)とされています。

 

 『西大寺中古伽藍絵図』では南大門を入ると楼門があり、回廊に囲まれた中に塔と釈迦金堂が描かれています。その他にも多くの建物が丁寧に描き込まれ、興味の尽きない絵図です。

「西大寺中古伽藍絵図」(部分/国立国会図書館蔵)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション

 

ご本尊

釈迦如来立像

 西大寺の本尊は、仏教の開祖・釈迦牟尼世尊。京都・清凉寺の三国伝来・釈迦如来像を目前にして、仏師・善慶などが模刻しました。像の胎内の願文には「釈尊は衆生の慈父なり」と記されています。

 

境内参拝・気が付かなければ…

※📸は撮影ポイント

 

東門

 近鉄・大和西大寺駅から徒歩数分で西大寺東門に着きます。

西大寺東門

東門前の西大寺石落神社

 石落神(しゃくらくじん)とは、医薬の神として知られ三輪の祭神でもある少彦名命(すくなひこなのみこと)。鎌倉時代の高僧で西大寺中興の祖・叡尊上人は、石落神から薬(日本最古の売薬・豊心丹)の製法を授かって人々を病から救ったとされます。

 

 石落神社は小さいながらも室町時代の見世棚造りの貴重な社殿です。

室町時代の石落神社社殿

参道 📸

 東門を一歩入ると塔頭(たっちゅう)寺院の姿もあって、いにしえの世界に立ち返ったような雰囲気があります。

東門を入ると別世界が…

四王堂

 四天王を祀(まつ)り、西大寺発祥の堂ともいえるのが四王堂です。

 

 称徳天皇によって鋳造が始められた四天王(国重要文化財)ですが、現在の四天王像は中世の再造像で、多聞天は木造となり、他の3像も補修されていますが、足元の豊かな造形の各邪鬼だけは奈良時代造立当初の姿を伝えています。

 

 四王堂本尊の十一面観音立像(国重要文化財)は、亀山上皇の御代、正応2(1289)年に京都から移された藤原彫刻。錫杖をもった約6メートルの尊像は長谷寺式の十一面観音で、優美で感動的です。

 

 四王堂は江戸時代(延宝2〈1674〉年)の再建ですが、堂の外には創建当時の基壇が残っています。

四王堂と奈良時代創建当初の版築基壇

放生池と荒神社

 四王堂の向かい側には放生池があり、荒神を祀る小さな社が鎮座しています。

荒神社

参道と聚宝館

 聚宝館は、西大寺の什宝物(じゅうほうもつ)を保管収蔵・展示する施設です。特別公開は1月15日~2月4日、4月20日~5月10日、10月25日~11月15日(三堂共通拝観券とは別途に拝観料300円)。

本堂に続く参道
聚宝館の正門(右)

護摩堂(不動堂)

 寛永元(1624)年の建立で、もともとは東塔跡基壇の南西にあったものを昭和時代に移築しています。不動明王をお祀りし、毎月28日午後1時から護摩祈願が行われます。

月例護摩供も行われる護摩堂

手水舎の龍 📸

 手水舎の龍はリアルな表情で、参拝者の手を清めてくれます。本堂参拝の前に手水をとりましょう。

リアルでかつかわいい手水舎の龍

本堂(江戸時代・国重要文化財)

 宝暦2(1752)年に建立された本堂は東西14間、南北10間の大きさ。土壁がなく全て板壁による建物で、広々として静謐(せいひつ)な空間を有しています。

 

 本尊は、善慶はじめ11人の仏師が、京都・清凉寺の三国伝来釈迦如来像を目前にして模刻した生身仏としての釈迦如来立像(国重要文化財)で、間近でお参りすることができます。

 

 本尊の向かって左手には文殊菩薩騎獅像及四侍者像(国重要文化財)が祀られています。文殊菩薩は中興の祖・叡尊上人が信仰された仏で、この像は上人の十三回忌にあたって弟子達が造像しました。また本尊の向って右手には丈六の弥勒菩薩座像(国重要文化財)が祀られ、その大きな姿に包まれるような感じがします。ちなみに弥勒菩薩座像は、叡尊上人の三十三回忌に開眼供養されました。

 

 本堂では西大寺の最も重要な法会・光明真言土砂加持大法会が、毎年10月3~5日の3日間、昼夜不断で行われます。

内部は広々とした独自の空間を持つ本堂
手もリアルな本堂の木鼻(象鼻)

東塔跡 📸

 天平神護元(765)年当初は東・西に八角七重の大塔を建てる計画で基壇の工事が進められていましたが(昭和30・31年の発掘調査で、東・西両塔とも径88尺の八角形基壇を検出)、途中で四角五重塔に変更されました。称徳天皇の崩御や道鏡(奈良時代の僧侶で称徳天皇の看病禅師)の失脚、また奈良時代末期の緊縮財政などが原因と考えられています。

 

 現在の東塔跡の基壇は創建当初の基壇で、また周りを巡る八角の敷き石は最初に計画された八角基壇の跡です。

本堂から見た塔基壇
基壇の美しい石組み

大黒堂

 かつての塔頭・三光院の本堂であったと伝えられます。大黒天をお祀りし、光明真言土砂加持大法会の前日、10月2日には法会の豊饒(ほうじょう)を祈念する大黒天供が行われます。

大黒さまを祀る大黒堂

愛染堂

 江戸時代に京都の公家・近衛家の政所(まんどころ)御殿を移築した宸殿(しんでん)造りの仏堂です。本尊は愛染明王座像(国重要文化財)ですが秘仏であり、通常は御前立像を通してお参りします(秘仏御開扉:1月15日~2月4日/10月25日~11月15日)。

 

 本尊は叡尊上人の念持仏で、元寇の役(蒙古来襲)に際しては本像を京都の石清水八幡宮に移座して愛染尊勝法の祈祷(きとう)が行われ、結願の日に愛染明王の矢が西の空に飛んで神風を起こし、敵を退散させたと伝わっています。

 

また堂内には興正菩薩(叡尊上人)像(国宝)も祀られています。この像は上人の傘寿(80歳)を祝って生前に造られた寿像です。

愛染堂

西塔跡

 西の五重塔は、平安時代に落雷によって失われました。その地に今は合掌観音菩薩の像が祀られています。

西塔跡の合掌観音菩薩像
西塔跡に建つ茶室「六窓庵」の関守石

叡尊上人の石像

 境内には中興の祖・興正菩薩叡尊上人の石像を祀るお堂もあり、柔和なお顔の上人のお姿を間近に拝することができます。

石の叡尊上人像

鐘楼

 幕末期に末寺であった摂津の多田院(現・多田神社)から移築された鐘楼です。毎年12月31日の午後11時半頃から、除夜の鐘が撞(つ)かれます。

凛(りん)とした姿の鐘楼

清瀧池の清瀧権現

 清瀧池の中央に、京都の醍醐寺から直接勧請された清瀧権現がお祀りされており、西大寺の鎮守社の筆頭となっています。

清瀧池

西国三十三カ所観音 📸

 境内の南側には西国三十三カ所観音霊場にちなむ石仏がお祀りされています。ぜひお参りください。

西国三十三カ所の各観音菩薩石仏

奥の院(法界体性院)

 西大寺塔頭のひとつで、90歳で遷化した叡尊上人の御廟(ごびょう)。上人の廟塔は我が国最大級の五輪塔で、その周辺には西大寺の歴代の諸長老の五輪塔も祀られています。

 

 また近くの野上緑地公園には鋳物師池跡があり、孝謙上皇発願の四天王像鋳造ゆかりの地とされています。

 

歴史のなかの西大寺 

百万塔

 孝謙上皇は藤原仲麻呂の乱の平定を願って四天王の造像を発願しましたが、称徳天皇としての重祚後には、乱の戦没者の供養のために三重の小塔を百万基作らせました。木製の小塔に陀羅尼を納め、10カ寺に10万塔ずつを分け置きました。現在では法隆寺に多く残っています。

 

 西大寺では四王堂内で、女帝の思いを偲(しの)んで複製品が祀られています。

 

叡尊の心

 西大寺中興の祖であり、真言律宗の宗祖である興正菩薩叡尊上人は、よく知られる鎌倉時代の元寇(蒙古襲来/文永・弘安の役)に際して、石清水八幡宮において蒙古退散の祈祷を行いました。

 

 その祈願の内容は「『東風で兵船を吹き返し乗る人を損なわずして船失させ給わんことを…』という祈祷文でありました。かりに怨敵であっても命を落とすことなく退却を願って祈祷をされたのです。相手が怨敵でも殺生禁断の戒律を堅固に守っておられた」のです(『西大寺』淡交社)。

西大寺興正菩薩叡尊坐像 古写真(明治時代/東京国立博物館蔵)

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

北山十八間戸(奈良市川上町/国史跡)

 叡尊の弟子・忍性が設置したとされる北山十八間戸は、鎌倉時代に設けられたハンセン病などの患者を救済する施設で、社会福祉の先駆けのひとつとして知られています。建物の内部が18室に区切られているので十八間戸と称されます。

 

 永禄10(1567)年の松永久秀らの乱によって失われ、その後に現在地に再興されました。

 

悲華経

 釈迦如来立像や興正菩薩坐像には、多くの胎内納入品があることで知られますが、「悲華経(ひけきょう)」も納入されています。

 

 この経典は、現世にとどまって人々を救う釈迦の慈悲を称えるもので、「興法利生」の教えに基づき戒律復興や人々の救済を行った叡尊上人が大切にした経典です。「悲華経」には釈迦を、この世の慈父、人々の悲母、一代教主、四衆本師としています。

 

ここだけの…はなし 

大茶盛

 中興の祖・叡尊上人は、延応元(1239)年の年始祈祷会の結願に際して1月16日に鎮守の八幡神社に献茶を行い、参詣者にも当時は薬でもあった茶を振舞いました。これが今に伝わる大茶盛の始めと伝わります。

西大寺ゆかりの八幡神社

矢の根五郎

 歌舞伎十八番で知られる「矢の根」は、親の仇(かたき)を討つために貧しいながらも矢の根(矢じり)を研ぎ鍛錬する曽我五郎時致(矢の根五郎)の物語です。

 

 宝暦4(1754)年に江戸の本所・回向院で西大寺の愛染明王像の出開帳が行われましたが、これに合わせて江戸の中村座で2代目市川団十郎が「矢の根」を上演。愛染明王の隈取りをして演じ喝采をうけたことから、後に「矢の根」の絵馬を西大寺に寄進、今も伝わっています。

 

百萬の柳の古跡

 謡曲「百萬」は観阿弥の原作で、西大寺念仏会で子を見失い悲しむ母親が、京都嵯峨野の清凉寺で子と再会する物語。その再開の機会をつくった吉野の人が、初めて子と出会ったのも西大寺でした。四王堂前の池端には、ゆかりの柳の古跡があります。

謡曲百萬ゆかりの池畔の柳

光明真言土砂加持大法会

 西大寺独自の法要で最も重要な法要が、光明真言土砂加持大法会。文永元(1264)年に叡尊上人が、光明真言の功徳を広く民衆に廻らせ、一門の結束を強めようと始められました。

 

 真言(仏への祈願句であり悟りの境地の呪文)のなかでも光明真言は古来重視され、光明真言によって加持した土砂による抜苦与楽、罪障消滅、亡者往生が経典に説かれています。

 

称徳天皇の御陵

 西大寺を創建された称徳天皇の御陵は、現在は西大寺の北東に位置する佐紀盾列(たてなみ)古墳群のなかのひとつ、佐紀高塚古墳に治定されています。しかし『西大寺資財流記帳』の検討などから、西大寺の西側(現在の西大寺高塚町)にあったと考えられています。

 

 そこからは西大寺はもとより東大寺も眺めることができ、称徳天皇の御陵にふさわしい地だと思えます。

 

主要な行事の内容と日時

 西大寺では年間を通して数多くの行事が行われていますが、そのなかから主な法会・行事を紹介します。

 

 ※日程は通例の日時です。ご参拝の節は寺務所にご確認ください。

 

観音供

毎月18日/午後1時~四王堂で

 

護摩祈願

毎月28日/午後1時~護摩堂で

 

大茶盛式

1月16日(新春初釜大茶盛式)、4月第2日曜日と前日の土曜日(春の大茶盛式)、10月第2日曜日(秋の大茶盛式)

 

1月

1~3日/新年祈願会

 

15日~2月4日/秘仏愛染明王御開扉(愛染堂で)

2月

3日/星祭祈願会(午後2時~愛染堂で)

 

3月

3月最初の午の日/初午厄除祈願会(午前9時~四王堂で)

 

7月

23日/地蔵会式(奥の院で)

 

8月

4日/本願称徳天皇忌(愛染堂で)

 

25日/興正菩薩忌(愛染堂・奥の院で)

 

10月

3~5日/光明真言土砂加持大法会

中興開山の叡尊上人によって始められた最大の年中行事。3日午後2時~開白座、4日午後2時~中日座、5日正午~結願座。

※期間中は本堂で昼夜不断で厳修(24時間随時参拝可)

 

25日~11月15日/秘仏愛染明王御開扉(愛染堂で)

 

12月

31日/除夜会

 

西大寺の基本データ

 

拝観の時間 午前8時30分から午後4時30分(受付は午後4時まで)。

 

拝観料 共通拝観券(四王堂・本堂・愛染堂)で大人800円、中高生600円、小学生400円。

 

御祈祷 各堂受付で申し込む。

 

御朱印 各堂で(拝観券必要)。

 

授与品 カップルに「愛染明王はだ守り」(赤・紺2色)、「愛染明王ペア念珠」(赤・白2本セット)がお薦め。

 

アクセス 〒631-0825 奈良市西大寺芝町1の1の5。近鉄・大和西大寺駅南口から徒歩数分。駐車場あり(約80台/乗用車300円/1時間)。

 

連絡先 電話:0742-45-4700

 

HP http://saidaiji.or.jp

こちらの記事も読まれています

特集記事

人気記事

  • 奈良県の名産・特産品・ご当地グルメのお取り寄せ・通販・贈答は47CLUB
  • 出版情報 出版物のご購入はこちらから
  • 特選ホームページガイド