大和美酒之記5/木簡から奈良時代の酒再現 - 豊かな甘み、甕内面に白い痕跡も
奈良時代(8世紀)の都だった平城京の中心部、平城宮(奈良市)には酒や酢の醸造をつかさどる「造酒司(みきのつかさ)」が置かれた。天皇が住む内裏や宮中の祭典に用いる酒を造る役所だ。発掘調査では建物跡や井戸跡とともに、「造酒司」と書かれたものや酒造りの様子がうかがえる木簡が見つかっている。
平城京を代表する大寺院の一つ、西大寺の食堂院跡では、穴に据え置いた大甕(おおがめ)が規則的に並ぶ状況を検出。酒造りとの関連が指摘されている。
平城京内にある、天武天皇の孫で左大臣を務めた長屋王の邸宅跡では大量の木簡が出土。その中には「御酒▢所」と書かれたものがあり、邸宅内で酒を醸造していたようだ。酒を仕込むための甕の種類とコメや麹(こうじ)、水の配合も記されていた。
奈良文化財研究所(奈文研、奈良市)と油長酒造(御所市)は2021年8月、酒造をキーワードに文化財の保護と普及啓発を促進する協定を締結。長屋王の木簡に残るレシピに基づいた酒造りの再現プロジェクトに取り組む。
奈文研の庄田慎矢・国際遺跡研究室長は当時の醸造の特徴に、釉薬のかかっていない素焼きの大甕を挙げる。須恵器の大甕は直径1メートルほどの大きなもの。胴部も底部も丸味を帯びた形は内面に当て具を当て、外面を羽子板状の板でたたいて成形する技法で整えられた。
庄田さんは「ジョージアのクヴェヴリワイン職人に須恵器内面の当て具痕跡を見せたところ、驚いていた」と振り返る。凹凸があるとバクテリアが繁殖する恐れがあり、今でも素焼きでワインを造るジョージアでは、内面を平滑にして焼成後に蜜蝋(みつろう)も塗るという。
凹凸のある素焼きの容器で醸造するとどうなるのか。酒造りの再現実験では甕を復元するところから着手。岡山県の備前焼陶芸家、末廣学さんに協力を依頼し、たたいて成形する須恵器の技法を採用して甕を製作した。
完成したものは当時と比べて小ぶりで容量は約23リットル。この復元甕を用いてこれまでに夏冬3回、酒を造る実験をしてきた。できた酒は甘酒のように濁り、豊かな甘味が感じられるという。
醸造実験では復元甕の内面に白っぽい跡も確認できた。平城宮跡などから出土する大甕にも似た痕跡がある。揮発性の高いエタノールを含む酒は遺跡に残らない中で、庄田さんは「酒に関する微生物などが残っているのではないか」とこれら付着物に期待を寄せる。
「最終的には現在の酒造りとの違いとともに、遺物そのものから酒造りに関する情報をどれだけ引き出せるかを、実験を通じて明らかにしていきたい」。プロジェクトの今後の展開に目が離せない。