江戸時代の目利き「吉村観阿」 宮武慶之・同志社大共同研究員に聞く - 今秋、福岡で展覧会

江戸時代後期の茶人で道具の目利きとしても活躍した吉村観阿(1765~1848年)。東大寺(奈良市)にゆかりがあり、茶の湯の世界では知る人ぞ知る人物だというが、これまで注目されてこなかった。吉村観阿とはどのような人物だったのか。今秋から、福岡市で開かれる観阿の展覧会を監修する宮武慶之・同志社大学京都と茶文化研究センター共同研究員に聞いた。(竹内稔人)
吉村観阿は東京の両替商の家に生まれたが、34歳で懐妊していた妻と別れて出家。浅草に「白醉庵」という庵を構え、茶道具の目利きとなった。松江藩7代藩主の松平不昧(治郷)や新発田藩10代藩主の溝口翠涛(直諒)らと交流。不昧の茶会には40回参加した記録が残る。