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奈良の価値 今こそ世界へ - 世界遺産「古都奈良の文化財」シンポジウム

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 昨年12月1日、奈良市春日野町の奈良春日野国際フォーラム甍(いらか)で「世界遺産『古都奈良の文化財』シンポジウム」(奈良市観光協会主催、奈良市協力)が開かれ、約400人が聴講した。テーマは「平城宮跡 発掘現場から紐解く奈良時代の都市政策」。平城宮の発掘を行ってきた馬場基奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長の基調講演、パネルディスカッションでは東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺の各代表を馬場氏、仲川げん奈良市長がコーディネートした。

 

基調講演

 

平城宮跡 発掘現場から紐解く
奈良時代の都市政策

独立行政法人 国立文化財機構
奈良文化財研究所 埋蔵文化財センター長

馬場 基 氏

 

▼寺院と都市計画

 

 日本の都市計画は平城京の時代に輪郭を明らかにする。また同時に今日につながる都市問題との共通点も見られる。本日の講演はその点を明らかにしたい。

 

 平城京の都市計画では飛鳥時代の伝統を継ぐ寺院が計画的に配置された。例えば元興寺は、平城遷都に伴い本格的伽藍(がらん)を備えた日本最初の寺院である法興寺(飛鳥寺)が移転されたもの。天皇の勅願によって建立された薬師寺や大安寺も藤原京から移築されたものだ。

 

 これは飛鳥時代の伝統を守りながら伝統的な祈りを平城京へ伝えることを意味するものであると同時に、高度な建築技術や多くの知識を平城京に移植することで統治者の権力の象徴としたとも言える。

 

▼平城京と龍神信仰

 

 平城京が形成される当初は、伝統的な祈りに加え、龍神への信仰も厚い。

 

 興福寺の歴史を伝える『興福寺流記』には中金堂の下に龍宮があると記されている。また猿沢池は龍が住む龍池であり、春日大社においても若宮は龍の化身である蛇の姿で現れたと伝わっている。

 

 平城京の都市計画では、勅命の社寺を置くことで信仰や秩序などを支えるとともに、土地に備わる神聖な力も都市に取り込んだと考えられる。

 

▼都市の膨張と限界

 

 この都市は多様な人々も吸引した。

 

 天皇や貴族を世話する人にはじまり、清掃業者、運送業者などが集まり、経済活動を営む。人々の暮らしは豊かになっていく半面、ごみや排水といった衛生面の不備が見られるようになった。平城京周辺には大きな河川がなく、船で潤沢に物資を運び込むのも利便性が良いとは言えなかった。廃棄物を都市の外に流し去ることができなかったので、疫病が広がった。祈祷(きとう)や仏教への求心力を高めることで立ち向かおうとしたが、大きな決定力にはならなかった。

 

▼後世への影響

 

 この時代、土木技術が大きな発展を果たした。運河を掘る、側溝を作り排水を整えることは、現代につながる後の時代の都市政策の先駆となった。

 

 また日本人固有の精神性もこの時代に形成された。奈良時代から本格的に始まった神仏を共に崇(あが)める「神仏習合」は多様性を認める世界に誇る素晴らしい文化だ。

 

 日本人は自らを厳しく律する民族であり、島国ではあるが、同時に多様な人々や考え方を受け入れ、時代とともに変容していく柔軟性も持ち合わせている。こうした基礎が奈良時代に築かれたのであるとするならば、まさに世界遺産「古都奈良の文化財」の価値は、今、世界が求めるものを既にこの時代に持ち合わせていたことと言えるのではないか。

 

あいさつ

 

世界に誇る資産、未来に

公益社団法人 奈良市観光協会 会長

増尾 朗 氏

 

 2023年の世界遺産「古都奈良の文化財」登録25周年記念事業において、当協会では奈良市及び資産を構成する六社寺の多大なる協力を得て、世界遺産六社寺共通拝観券の制作や特別御朱印の授与、「古都奈良の文化財」新・南都八景の制定など、さまざまな記念事業を行ってきた。23年8月の東京での記者会見でも多くのマスメディアから注目を集め、同年12月2日の登録記念日には奈良市主催で東京でシンポジウムが開かれ、700人以上もの参加者に来場いただいた。

 

 世界遺産「古都奈良の文化財」は、日本が世界に誇る貴重な遺産であり、奈良市民や当協会にとっても未来につながる資産である。

 

 

歴史の学び生かす

奈良市長

仲川 げん 氏

 

 1998年12月2日に世界遺産登録された「古都奈良の文化財」は26年目を迎える。


 今日のテーマは「奈良時代の都市政策」。世界がこれからどうなるのか、国境が成す意味、権力による地球上の争い、また社会課題を担うのは国家か、それとも新たな担い手か―社会は今、転換点にある。奈良に暮らす者は歴史を学び終わりではなく、歴史から得た経験値や反省点を、現代の生活や将来の国づくり、まちづくりにつなげていくことが責務である。

 

 

奈良時代の都市政策を議論 6社寺代表ら

パネルディスカッション

〈パネリスト〉 

東大寺:橋村 公英 別当

興福寺:森谷 英俊 貫首

春日大社:花山院 弘匡 宮司

元興寺:辻村 泰善 住職

薬師寺:安田 奘基 執事

唐招提寺:岡本 元興 長老

 

〈コーディネーター〉

奈良市長:仲川 げん 氏

奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長:馬場 基 氏

 

(順不同)

 

伝統と革新を繰り返し

森谷 英俊 ・興福寺貫首

 

▼古い中に新しさを秘める奈良

 

仲川
 馬場先生の講演を聞いて、奈良は「古き善き」だけでなく変化の履歴を感じられる場所だと感じた。

 

馬場
 興福寺、東大寺では復興の仕方が異なる。昔のスタイルを守りつつ最新技術で巨大化する興福寺に対し、東大寺は技術レベルから最新鋭のものを取り入れてきた。歴史を超え、今に伝わるのが奈良の魅力だ。

 

森谷
 古い中に新しいものを秘めているのが奈良の魅力だ。政治や経済の中心であった平城京には祈りの文化の特徴が際立つ。奈良時代より統治者や市井の人々の憂いや悩み、喜び、悲しみ、そして希望を神仏に託してきた。精神的柱は変わることはない。

 

 春日社興福寺に象徴されるように神仏習合の思想が生まれた奈良では多くの伝統文化が発祥した。例えば9世紀頃から連綿と続く興福寺修二会に付随する「薪猿楽(たきぎさるがく)」は、現在の能につながる新しい芸能であった。また、興福寺配下の菩提山正暦寺や中川寺成身院では15世紀頃から僧坊酒・清酒が造られた。1135年には春日若宮神社が創建され、翌年から始まった春日若宮おん祭りは今も続く。1180年の平重衡による南都焼き討ちの後は、天平時代の八部衆などをモデルに写実的で斬新な仏様、菩薩様が作られた。古い中に新しいものを求め、伝統と革新を繰り返してきたのが奈良である。

 

 

変化なくして継承なし

橋村 公英・東大寺別当

 

▼継承するためには変化が必要

 

橋村

 変化を続けなければ、継承はできない。建物の修復であれば奈良時代は桧(ひのき)や杉を使ったが、現代では新しい木や技術を使い昔の奈良の形を残すことが大切である。日本と世界の巨大建築物を比べると日本は際立って屋根が大きい。日本の伝統的な木造建築物は、軒を延ばし、雨垂れ落ちの溝を作ることで火や水から建物を守った。多雨の日本の気候をとらえ、自然と共に生き、建築美とともに機能性も担保したことがわかる。

 

 前回の大阪万博では世界の国賓の多くが東大寺の七重の塔を再現した古河パビリオンを訪れ、仏教が日本各地に浸透したことに感銘を受けた。2025年の大阪万博でも、奈良から生まれた日本の精神性を世界にアピールする機会になればいい。

 

 

中庸の素晴らしさ認め

 

花山院 弘匡・春日大社宮司

 

▼日本のふるさと、奈良の価値

 

花山院

 式年造替では20年に一度、社殿をきれいにする。伊勢神宮が62回、春日大社が60回で、60回を超えるのは日本でこの二つだけだ。

 

 奈良は日本のふるさとである。このことを今一度認識したい。興福寺は7回、東大寺は2回燃えたが、莫大な資金が投入され再建した。これは奈良の価値が幕末までは日本有数であったことを物語る。

 

 

本質を伝え文化高める

辻村 泰善・元興寺住職

 

▼今に生き続ける 「古都奈良の文化財」

 

馬場

 奈良の町で最も古い伝統を持ち、人々と共存を続けてきたのが元興寺。元興寺文化財研究所の活動など、常に新しい価値を見いだし古いものを守ってきた。まさに実践のパイオニアと思う。

 

辻村

 仏教を聖徳太子は三法と説いた。仏(ほとけ)と仏の教え、それを広める人。仏法は諸行無常と言うが、常に変わっている。奈良も1300年変わり続けており、変わらないものはない。

 

 「故郷の明日香はあれどあをによし奈良の明日香を見らくし良しも」(万葉集)。日本最古の本格的伽藍である飛鳥寺(法興寺)から続く元興寺。かつて平城京の東部左京に、興福寺と南北に接した大伽藍は、度重なる罹災により姿を消した。極楽坊という僧坊が残っていたことで、忘れ去られようとしていた元興寺が世界文化遺産に登録された。常に本質を伝えることが奈良の文化を高めることにつながる。奈良の人々がその価値を理解し伝えていくことが大切だ。

 

 

多様性こそ奈良の魅力

安田 奘基・薬師寺執事

 

▼生きた仏教と祈りを未来へ

 

仲川
 最近、奈良市はウズベキスタンのサマルカンド市と姉妹都市になったが、シルクロードから伝わった葡萄唐草の文様が薬師寺の国宝の薬師如来台座にあると思うと、文化の多様性の価値に感動した。

 

 また来年、奈良市は揚州市と友好都市15年を迎えるが、唐招提寺は唐の僧・鑑真和上が建立し中国との関わりが深い。奈良は世界とつながり、常に世界を考えながら存在してきた。それを感じさせてくれるのがこの二つの寺院である。

 

安田
 京都は千年間、奈良は100年間、都があった。平安時代の貴族文化が長く続いた京都に対し、奈良は遣隋使、遣唐使を通じ世界を学び、さまざまな文化を吸収した。奈良には世界の文化が集合した「多様性」がある。

 

 「三蔵」とは敬称であり経(お経)、律(戒律)、論(お経を注釈。研究したもの)をマスターした僧侶を指す。東大寺は経、唐招提寺・西大寺・元興寺は律、興福寺・薬師寺は論。南都には経律論が深く根付いている。経律論の教えとともに世界平和を発信し奈良の文化を伝えていきたい。

 

 また薬師寺の法相宗における宗祖は慈恩大師窺基。その師である玄奘三蔵(三蔵法師)を始祖として仰ぐ。県内の宗教者が連携し差別をなくす運動を推進する会(奈宗連)では、「差別をなくす平和の巡拝」として浄土真宗の浄教寺をはじめ、興福寺、春日大社、東大寺などの奈良の社寺を巡り、お祓(はら)いを受け、読経し、賛美歌を歌うなど、宗教を超えて祈りをささげた。その精神が奈良の魅力だと思う。

 

 

千年の文化、世界へ発信

岡本 元興・唐招提寺長老

 

▼奈良の文化を世界へ

 

岡本

 他の社寺が国立の中、唐招提寺は鑑真和上によって創建された私寺である。土地は長屋王からいただいたものであり、最初にできた僧が勉強するための講堂は平城京の朝集殿から転用された。平城京の建物が残るのは唐招提寺だけだ。また、宝物や経典を保管する宝蔵、経蔵という校倉があるが、宝蔵は長屋王の邸宅跡にあった米蔵を使用する。

 

 唐招提寺は南大門をくぐり見える天平の甍が大変美しい。奈良時代の講堂、金堂、僧坊、鎌倉時代の2階建ての舎利殿、そして江戸時代の建物もある。辻を曲がる度に景色が変わるため「伽藍のシンフォニー」と呼ばれ魅力の一つである。

 

 塔が建ち、伽藍が座り、瓦の屋根が甍を並べ、千年続いてきた奈良。唐から新しい文化が入り、シルクロードの終着点として花開いた。今後はその奈良から世界を見て発信していくことが大切になる。

 

 

▼混沌とした世界情勢の中で 奈良にできること

 

仲川
 2024年、奈良市と友好都市提携50周年を迎えた西安市(古都・長安)へ行った。さらに先般、中国の雲南省を訪れた。良好とは言い難い日中関係だが、実際には都市ごとに文化や価値観が異なり、中国は一つではないことを肌で感じた。受動的に流れてくる偏った情報だけでなく、一人一人が自ら行動し関係性を構築するような新しい情報収集やつながりを持つことが必要だ。しかしその一方で世界では争いごとが絶えない。現在の嘆かわしい社会情勢に関し、奈良の立場で何ができるかを6社寺の皆さまにご示唆いただきたい。


岡本

 鑑真和上は中国の方だ。2国間で政治体制は異なるが、実際は同じ文化や背景を持つ。奈良が多様性の文化を育んだように、急がずゆっくりと長い目で見れば分かり合える日がくるのではないか。


安田

 薬師寺のスローガンは「発菩提心(ほつぼだいしん) 荘厳国土(しょうごんこくど)」。これは美しい心を起こし、国を美しくしようということ。心が良くなれば家族が良くなり、それが地域、社会、国、世界へと広がる。まずは人に優しく、自分の行いを見つめ直して心をきれいにすることから始めたい。

 

辻村
 仏の教えでは、心がすべてを決定している。「諸行は無常であり、諸法は無我であり、一切皆苦・苦集滅道である」という、お釈迦様の教えの通りに人は生きていくのだと思う。心を変えなければならないことを、世界中の人が分かっているはずなのに皆、考えようとしない。自分の心を見直すこと、皆を信じること、平和を望むことが大切。それが自分の心を変えることにつながる。

 

花山院
 日本は平和的、多神教的であり、白黒をつけずグレーが許される。中庸が日本人らしい。また、祟りや死の穢れに対する恐怖を嫌う。日本では法律では決められない、信仰や文化の中で越えてはいけない一線があり、それが社会の安定につながっていた。日本には素晴らしいものが残っている。


森谷
 人は自分自身の欲をコントロールできない。そして欲望は際限なく広がる。世界各地で戦争が起こる一方、心の安らぎが得られると奈良を訪れる外国人が多い。日本は治安が良く、平和ボケと揶揄(やゆ)されるが、争いや競争だけでなく、皆が安寧に暮らせる社会の価値の発信を奈良からできたらいい。

 

橋村
 東大寺には宗教も入り交じり、さまざまな国の人々が訪れ、大仏さまに手を合わせていく。

 

 私たちの社会では常に不安や怒り、恨みが発生するが、恨みを解く方法は意思疎通を図ることだ。微力だが、人々の心の方向性を育てていくことに関わり、それが平和の働きになればと願う。

 

馬場

 奈良の持つ包容力と内省力を皆が共有し、今後いかに社会実装をしていくかが重要になる。

 

仲川

 お釈迦様に矢が飛んできた際、その矢が花に変わりお釈迦様の周りに降り注いだという話を聞いたことがある。終わらない戦争。この話のように戦争による被害が花になるような絵を一人一人がイメージすることで、心に新たな気づきがもたらされるのではないか。それを共有できる場としての価値が奈良にはある。

 

 


 

 

新・南都八景を旅する

 江戸時代、奈良見物の客たちに親しまれ広く知られるようになった南都八景(「東大寺の鐘」「春日野の鹿」
「南円堂の藤」「猿沢池の月」「佐保川の蛍」「雲井坂の雨」「橋の旅人」「三笠山の雪」)。

 

 2023年12月、ユネスコの世界遺産「古都奈良の文化財」登録25周年を記念し、8つの資産「東大寺」「興福寺」
「春日大社」「春日山原始林」「元興寺」「薬師寺」「唐招提寺」「平城宮跡」の最も“写真映えする”撮影スポットが現代の「新・南都八景」として制定されました。

 

 世界遺産とともに美しい奈良の景色を旅しませんか。

 

▼詳細はこちら

https://www.nara-np.co.jp/web/20240101115728.html

 

路地ぶら ならまち・きたまち2025

 

▼詳細はこちら

https://www.nara-np.co.jp/web/20240101115728.html

 

 

▼詳細はこちら

https://narashikanko.or.jp/fuyunara/food/

 

 

奈良Go Round~高畑~

 まだ深く知られていない奈良市の様々なエリアを紹介する「奈良Go Round」。第1弾は「高畑」です。かつて文豪や芸術家も暮らしたこのまちは、レトロとモダンが交錯する趣あるエリア。今もなお色褪せない風景を眺めながらそこに佇めば、心がゆるりほどけていくようです。

 

▼詳細はこちら

https://narashikanko.or.jp/naragoround/takabatake/

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