質問「世界平和をどのようにお考えになられますか」 - 我知(がち)ーお坊さんに聞いてみる(2025年4月2日)

【質問】世界平和をどのようにお考えになられますか。(40代男性)
【回答】東條 哲圓(宝山寺執事長)
【我知なヒント=誰しもが加害者にも被害者にもなり得る】
ご質問ありがとうございます。あまりにシンプルかつ深遠な問いにたじろんでおりますが、質問者さま並びに読者の皆さまと共に考えてみたいと思います。
勧善懲悪ものの物語がお好きな方が多いせいか、ハリウッド映画は面白いもので、その時代での米国の仮想敵国が悪役で出てきたりいたします。冷戦時代はソ連でしたし、バブル景気で日本企業が米国の不動産を買いあさっていた頃は、日本人が悪役で出てきていました。2時間の映画で描き切れるような、正義と悪のせめぎ合いの下でこの世界が成立しているのなら、平和への道筋も見えてくるのかもしれませんが、ことはそう単純ではないということは皆さまもご理解いただけると思います。
釈尊は釈迦国の王子として生まれ、後に出家したため、王として政(まつりごと)をすることはありませんでしたが、存命中に故郷の釈迦国が滅亡する事態に陥りました。当時のインドには二つの大国があり、そのうちの一つコーサラ国のプラセーナジット王は、釈迦族から妃を娶(めと)ることを要求しました。
しかし、血統主義であった釈迦族は一族の娘が他国に嫁入りすることを良しとせず、釈迦国の大臣が、身分の低い女性との間に生まれた娘を貴族の娘と偽り、プラセーナジット王に嫁入りさせたのです。王とこの女性との間に生まれたヴィドゥーダバ太子こそが、後に釈迦国を亡ぼす王となります。
ヴィドゥーダバ太子は、幼少期に母の母国である釈迦国に留学しましたが、そこで待ち受けていたのは太子の出自の秘密を知る釈迦族からの酷い迫害でした。父である王をだまし、また太子である自らに理不尽な仕打ちをする釈迦族に、ヴィドゥーダバ太子は王となった暁には必ず復讐すると強く決意します。
王となったヴィドゥーダバは釈迦国に進軍しますが、釈尊はその道中の枯れ木の下に座っておられました。そのお姿を目の当たりにしたヴィドゥーダバ王は自国に3度引き返したといわれています。しかし、怒りが収まらない王は4度目の進軍をし、ついに釈迦国は滅ぼされてしまいます。熟してしまった因縁は、釈尊でさえも止めることができません。「仏の顔も三度まで」の格言の由来とされています。
プラセーナジット王を騙した釈迦国の大臣、釈迦国を滅ぼしたヴィドゥーダバ王やその兵たちは、皆凄惨(せいさん)な最期を遂げます。この仏教説話は因果応報譚として有名ですから知っておられる方もいらっしゃるでしょう。加害者であった暴君ヴィドゥーダバ王は、被害者でもありました。釈迦国滅亡の種は、プラセーナジット王を騙した時にまかれ、ヴィドゥーダバ太子を迫害した時に芽吹いたのでしょう。被害者と思われる釈迦族は加害者でもありました。
この世は、善と悪の二元論で成り立っているわけではないのでしょう。その一面を切り取れば、誰しもが加害者にも被害者にもなり得ます。この世は、われわれの心の状態が現実に反映されるものです。それが家庭や職場のささやかな不和だとしても、複雑な国家間の争い事だとしても、それを引き起こしているのは等しくわれわれの心、そしてその心が生み出す思考でしょう。われわれにできることは、自らの言動や行動に気を配り、平和を乱す原因をつくらないように、またそれが連鎖しないように、心を律していくしか方法がないように思われます。
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