大和美酒之記1/疫病収束由来の酒の神様【大神神社】 - 書紀に「杜氏の祖」
2024年12月、日本の「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。酒の神様を祭る大神神社、平城京に置かれた役所「造酒司(みきのつかさ)」、春日大社に現存する日本最古の酒殿、清酒発祥の地とされる正暦寺、諸国第一と評された南都諸白(もろはく)ー。「日本のはじまりの地」とされる奈良は、日本酒造りとも深い関わりを持ってきた。この連載では新たな取り組みが進む現在までの奈良と酒の歴史をたどる。
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日本最古の神社とされる桜井市の大神神社。国造りの神様で知られるが、古くから「酒の神様」としてもあがめられてきた。その起源は日本書紀の記述にある。
崇神天皇の時代、国内で疫病が流行して多くの人々が亡くなった。天皇は大田田根子(おおたたねこ)を神主にして大物主神を祭ると疫病が鎮まり、国内は穏やかになって栄えた。その後、天皇は高橋邑(むら)の活日(いくひ)を大神の掌酒(さかひと)とした。活日は神酒を天皇にささげ、酒宴が催されたー。
掌酒は杜氏(とうじ)のこと。活日は同神社境内の摂社活日神社で祭られ、杜氏の祖神として信仰されてきた。大神神社で毎年11月14日に行う「醸造安全祈願祭(酒まつり)」でも、酒蔵や杜氏の関係者が欠かさず活日神社を参拝している。
大神神社の山田浩之禰宜(ねぎ)は「酒まつりで巫女(みこ)が舞う神楽『うま酒みわの舞』も日本書紀の歌謡を歌詞にしている」と話す。
「この神酒は わが神酒ならず 倭(やまと)なす大物主の醸(か)みし神酒 幾久(いくひさ) 幾久」(この神酒はわたし=活日=が造った神酒ではありません。倭の国を造った大物主の神が醸した神酒です。幾世までも久しく栄えませ。栄えませ)
酒まつりの前には例年、拝殿正面の大杉玉が掛け替えられる。直径1・5メートル、重さ約200キロ。使用する杉の葉はご神体の三輪山で集められる。山田さんは「古くから杉は神聖なご神木とされてきた」として万葉集の歌を例に挙げた。
「味酒(うまさけ)をみわの祝(ほふり)がいはふ杉手触れし罪か君に逢(あ)ひがたき」(三輪の神人が大事にしている神杉に触れた罰でしょうか。あなたに会えないのは)
酒蔵や酒屋の軒先には美酒の無事醸造を祈り、同神社の「しるしの杉玉」を掲げる風習がある。江戸初期の「豊国祭礼図屏風」(京都・豊国神社蔵)には酒屋の軒に杉の枝が描かれ、「杉玉の原型とされる」と山田さん。酒まつりののち、大神神社から近畿一円の酒蔵に授与される1尺(30センチ)大の杉玉は、新酒シーズンの到来も告げる。
大神神社や三輪山の「みわ」という読みも酒に由来し、「酒を入れる器(酒甕=みわ)とする説や、酒そのもの(神酒=みわ)とする説がある」という。
疫病の収束と密接に関係した酒。新型コロナウイルスなどに悩まされる現在もあやかりたいところだ。