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質問「寝たきりの障がい者です。いつまで生きられるでしょうか」 - 「我知(がち)」-お坊さんに聞いてみる(2023年12月20日)

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【質問】

 私は寝たきりの障害者です。どこの病院に行っても「このような珍しい病気は病院始まって以来です。現代の医学では残念ですがどうすることもできません」と言われるだけです。「最初の患者が40歳で亡くなったのでこの病気の寿命は40歳です」と言われてきましたが、私は今年64歳になりました。一体いつまで生きることができるのでしょうか。また、2000年にならまちに引っ越して自宅を新築しましたが、引っ越して1カ月も過ぎないうちに、父親が脳梗塞になってしまい、約2年後に亡くなりました。兄も38歳で病気のため他界しています。最近は94歳の母が圧迫骨折で、4月から母と一緒に介護施設に入所しました。今後、体調が良くなるのか知りたいです。そして、家に戻れるかお聞きしたいです。どうぞよろしくお願い致します。

(60代男性)

 

回答 堀内 瑞宏(秋篠寺 住職)

 

【我知なヒント=健康に暮らす者たちより真剣に生きてきた証

 

 ご質問の情報が限られておりますのでこちらの理解に齟齬(そご)があることをご了承ください。洋の東西を問わず、寓話において未来を知ろうとすることは取り返しのつかない犠牲を伴う破滅的な行いの一つとして描かれています。これは未来を見ることで現在の自分を縛り、今を生きる活力を奪う行為と考えられたためでしょう。

 

 未来への不安の話としては、受験を控えた子供を持つ親がその不安な気持ちを和らげるために合格祈願に臨むのもその一つと言えるでしょう。ただ、失敗の回避のみにとらわれた親の思いは、さらなる緊張を子供に強いているようにも見えます。

 

 機会があるとき、そのような子供たちに「合格を目指すことに併せて、世話になった人に心からありがとうと言えることも目標に勉強をしてください」と声をかけたことがあります。なぜなら、遊びながら手を抜いた勉強しかしなかった場合、失敗すれば感謝どころか謝罪しか出てこないからです。しかし自分と真摯(し)に向き合い全力を尽くしたなら、失敗してもなお感謝を伝えることができるでしょう。

 

 また、受験生自身が食事や睡眠や暖について大きな不安を感じないことに気づけたなら、それらの環境を整えてくれる家族にも深く感謝することができるのではないでしょうか。

 

 これは俗世坊主の私見ですが、質問者さまは患っている病のこともあり、常に死の影を意識して生きてこられたと拝察します。つまりそれは、健康に暮らす者たちよりはるかに真剣に生きてきたという証左であり、われわれが見習わなければならないことでもあるのです。

 

 確かに病気の自分よりも先に親兄弟が亡くなる理不尽さや、(もしかしたら)感謝を伝えられなかった後悔から未来を憂う気持ちになるのは自然なことなのかもしれません。

 

 それでも私たちは未来に縛られることなく命の限り生きるのです。失敗の恐怖のみにとらわれた束の間の受験生としてではなく、これから先も続く人生で心から「ありがとう」と言える人となるために。

 

【お坊さんへの質問を募集しています】

 

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【回答者】

興福寺 辻 明俊さん

金峯山寺 五條 永教さん

秋篠寺 堀内 瑞宏さん

 

【掲載日】

毎月第1、3水曜日「暮らし」のページ・奈良新聞デジタル

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