奈良と徳川家康【10】 峠越えには家康も苦労? - 高見峠(奈良県東吉野村、三重県松坂市)
「大和越え」では、堺(堺市)から竹内峠を越えて大和(奈良県)に入ったものの、道中で襲撃を受けたとされる徳川家康。危険を察知したのか、その後のルートは大きくう回。多くの峠を越えることになった。
前回紹介した「吉川家先祖覚書」や「十市遠光家譜」によると、家康一行は当初、石原村(橿原市石原田町か)から東の初瀬(桜井市初瀬)や榛原(宇陀市榛原)へ抜けようとしていたようだ。ところが石原村で襲撃に遭い、八木(橿原市の近鉄大和八木駅周辺)に引き返している。
そして芋ケ峠(高取町、明日香村、吉野町、大淀町)から上市村(吉野町上市)に入り、しばらく休息。大和(東吉野村)と伊勢(三重県松坂市)の境の高見峠へ至ったという。
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