戦時下の国策映画だとの先入観がひっくり…
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戦時下の国策映画だとの先入観がひっくり返された。そこには映画人の気骨があった。陸軍省の依頼により、木下恵介監督が1944年に製作した「陸軍」をBSテレビで見た。
幕末から明治の日清・日露戦争、昭和の第2次大戦初期にかけて、三代にわたって戦争にかかわる一家を描いた作品である。もちろん、戦意高揚を意図した内容だ。
ところが、終盤の出征兵士のパレード場面でムードが一転する。田中絹代演じる母親が長男の行進に並走するのを、10分間ものワンシーンワンカットでカメラが捉える。
戦場での息子を案じる母親の内面がにじみ出た田中の演技が素晴らしい。日本映画史上屈指の名シーンなのだが、それに当時の情報局が横やりを入れた。
「感傷的過ぎる」「お国のために喜んで見送らねば」といったところだろう。木下監督は「立派に死んでこいという母はいない」と反発。映画監督を一時やめて故郷に帰った。
いかに国策映画であっても木下監督は「人間とは何か」を無視できなかった。戦争とは人間性の否定に外ならない。改めて痛感した。(栄)