国原譜

戦国大名は領地の防衛と拡大のために戦っ…

 戦国大名は領地の防衛と拡大のために戦ったが、支給する領地を増やさなければ、家臣が去ってしまうという切実な事情があった。待遇に不満があれば、あるじを見切って別の大名に仕えるのが当たり前だったという。

 「遍(あま)ねく過分に思ひ存ずる様に仕(つかまつ)るは、大将の第一のことわざなるらん」。武田氏の軍学書「甲陽軍鑑」に残る信玄の言葉とされる。

 4日に誕生した岸田内閣は、岸田文雄首相が自民総裁選で支援を受けた派閥や人物の優遇が目立ち、論功行賞との声も聞かれる。「加恩をくれてよろこばせんずれ」(甲陽軍鑑)といったところだろう。

 どこに組みするかで後の処遇が決まる。戦国乱世は今も社会で顔を見せるが、政治の世界はとりわけぎらつく。

 「われは弓なり、乱世の用なり」は関ケ原合戦で東軍のキーマンとなりながら、世が落ち着くと信州に左遷された福島正則の言。総裁選後、そんな思いの政治家もいそうだ。

 信玄は領土拡大を「民のため」とも述べている。令和の世、最後に勝敗を決めるのは国民の一票であることを忘れてはならない。(増)

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