江戸時代、武士の給与はコメだった。将軍…
関連ワード:
江戸時代、武士の給与はコメだった。将軍直参の旗本に与えられる領地はコメの収穫量が基準、同じ直参でも将軍に「お目見え」できない御家人級の武士には幕府管理の「蔵米」が支給された。
蔵米の支給高は宝永年間(1704~1711年)で50俵未満、10俵以上が大半だったという(磯田道史監修「江戸の家計簿」)。家臣も雇わねばならず、衣食住の必要経費を考えると、決して楽な生活ではなかったようだ。
時代劇でおなじみの傘張りのほかにも、金魚やコオロギの飼育販売など、各種の内職が家計の足しになったという。
日本人の主食は今もコメ。南海トラフ地震の臨時情報を受けて各家庭が備蓄に走ったのもコメだった。保存を考えるなら良質の非常食もたくさんあるが、日本人にとって「明日のコメがない」危機感は別格と分かる。
政府の備蓄米は放出に向けた入札が始まった。今月下旬にはスーパーの店頭に並ぶ見通しという。
各地に分散保管されている備蓄米の放出は、幕府の「御米蔵」開きとどこか重なる。キーワードは「おコメの国、日本」だろう。(増)