「認知症体験会」に参加して当事者の感覚を体験 - 認知症とともに歩む【2】
「認知症」になると、当事者はどのような感覚になるのか…。それを体験できる機会があると知り、広陵町が開催した「VR認知症オンライン体験会」に参加しました。オンラインと、広陵町立図書館の会場に集まった計20人ほどが参加。千葉県にある株式会社シルバーウッドの講師がオンラインで進める、2時間の体験会でした。
実際に体験して「共感」できるように
私が参加したのは図書館の会場。大きなスクリーンに講師の大野さんやオンラインでの参加者が映し出され、映像を見たり、3~4人のグループでディスカッションをして体験会は進められました。
まず講師の大野さんから認知症についての説明がありました。
認知症とは「脳の認知機能が低下することによって、社会生活や日常生活に支障が出ている状態のこと」です。 症状として、
・もの忘れ
・同じことを繰り返す
・場所や時間が分からなくなる
・家族のことも認識できなくなる
といった、直接的に起きる症状=中核症状と、中核症状が起きたことによる不安や焦燥感、ストレスから起こる
・徘徊
・暴言や暴力、怒りっぽくなる
・うつ状態
・物とられ妄想
といった、二次的症状=行動・心理症状に分けて考える必要があります。
風邪がほかの人でも共感できるのは、自分も経験したことがあり、想像できるからです。一方で認知症は、実際に体験したことがないので、その状況に共感することが難しいということがあります。
そのため、実際に認知症を体験して、「もしかしたらこういうことかもしれない」と思ってもらえるようにと、高齢者住宅などを運営するシルバーウッドが作ったのが、このVR認知症です。
3つの事例を一人称で体験
体験会では当事者になった一人称の感覚で、3つの体験を、それぞれ映像を見てから、何が起こっていたのか、周りの人にどうしてもらいたかったか、グループでディスカッションを行いました。
(1)「私をどうするのですか?」
自分は高いビルの上にいます。足の下には車がたくさん通っている道路があり、横から男性と女性が「大丈夫ですよ、降りてください」と笑顔で声を掛けています。とても降りられる状況ではなく、「怖い」という感情と、声を掛ける男性や女性に対しても不気味な印象を受けます。
これは外出先から戻った認知症の人を、車から降ろそうとしている場面です。実際の介護現場で「まるでビルから落とされるよう」と話した当事者の声を参考に再現された映像とのこと。「視空間失認」という、距離感などが分かりにくくなる症状により、車の段差がとても高く感じられたり、地面の色が暗かったためにへこんで見えていたとのことです。
周りからすると何を怖がっているか分かりませんが、本人にとっては「怖い」「殺される」という感覚で、介助する人を振り払ってしまうことも起こります。それが介護障害や問題行動と見られますが、当事者にはその行動を起こす何らかの理由があります。
自分がその立場だったらどうしてほしいか。参加者からは「家の前に着きましたよ」と具体的に今の状況を伝えたり、抱きしめて温かみを与えて不安を消してほしいなどの意見がありました。
大切なことは、本人の話に耳を傾けること。どうして降りられないのか、何が怖いのかを聞くことが大切です。聞くことも難しいかもしれませんが、言葉から想像をふくらませて、その人の状況を知ることで、例えば台や杖を持って来たり、明るく足元を照らしたり、先に降りて行動で示すなどいろいろなアイデアも浮かびます。
周りの人たちだけで考えても本人の状況は分かりません。本人の気持ちを考えてみることで、何か関わり方が変わって来るかもしれません。また知識があるとアイデアも広がります。
(2)「レビー小体病幻視編」
映像は、知り合いの家を訪ねる場面から始まります。扉が開くと、男性の姿が帽子の掛けられたポールハンガーに変わります。部屋に通されても話している相手以外に、壁際や床に座る男性が見えたり、犬や虫が通り過ぎて消えるなど、さまざまな幻視が表れます。
これは、実際に30代後半でこの病気を発症した樋口直美さんが監修して作られた映像とのこと。幻視と現実の違いも分かりにくく、気持ち悪いという感覚です。話し合いでは自分が変だと思われたくないから、なかなか周りの人に話せないという意見もありました。
樋口さんによると、「敬意と知的好奇心を持って『何が見えるの?』と聞いてほしい」とのこと。幻視を否定されることが一番つらくて悲しく、傷つくそうです。この病気はストレスで悪化し、薬に弱くなることが多いとされています。幻視は触ったり、物音などのちょっとした刺激で消えるので、薬で無理やり幻視を消そうとせず、安心感を与えることで消すことが大事。幻視にはかわいいものやユーモラスなものもあり、異常視しなければ、心穏やかにうまく付き合っていける症状とのことです。
周りの人が異常視せず、幻視を一緒に楽しむぐらいの気持ちでいれば、気持ちも楽になり幻視が減ることもあるそうです。
(3)「ここはどこですか?」
電車の座席に座っている自分。座席はいっぱいで、立っている乗客も多くいます。少しうとうとしたようで、ここがどこだか分かりません。目的地に行くのに、どの駅で乗り換えるのか、記憶があいまいです。
ある駅に着き、乗客が大勢降りたため、ここかもしれないと思って降ります。しかし、ここがどこか、ここで降りて良かったのかどうかも分かりません。勇気を出して駅員さんに「ここはどこですか?」と尋ねますが、駅員さんは意図が分からなかったのか「出口はあちらですよ」とだけ答えて行ってしまいます。ホームで立ち尽くす自分に、若い女性が「どうされましたか?」と声を掛けてくれ、事情を伝えると、乗り換え口まで一緒に行ってくれました。
これは「見当識障害」と言い、場所などが分からなくなる症状。不安や焦りから思考も回らなくなります。人に聞くのも、「は?」という顔をされたらと思うと勇気が必要です。女性のように、困った時に誰かが声を掛けてくれることが大きな助けになります。
これからは65歳以上の4人に1人、80歳以上の2人に1人が認知症になると言われる時代です。家族だけでなく、地域の一人一人が大切な存在になります。声を掛けることも勇気がいることですが、困っている人に掛けるちょっとした一言やちょっとしたお節介など、もう一歩踏み込んだ関わりが、認知症になっても暮らしやすい街づくりに繋がります。
若年性アルツハイマー型認知症当事者の丹野智文さんは、スーツ姿で通勤していますが、電車の中で降りる駅名を忘れることもあります。そこで、定期入れに「若年性認知症本人です」と書き、通勤経路を書いておくことで、周りの人の助けも得ながらも、一人での通勤を続けられているそうです。
「認知症は隠せば隠すほど苦しい。認知症を隠さなくても良い社会へ」と丹野さんはメッセージを送ります。なぜ認知症と話すのに勇気がいるか?それは認知症に対して偏見があるからです。
ただ、できることは奪わないでほしい。周囲の力も借りながら、自分で課題を乗り越えて自分らしい生活を続けていくことが当事者として望むこととのことです。
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認知症は、治療法も予防法もまだまだ研究段階の病気です。症状もさまざまですが、共通して感じることは、周りの人が与える「安心感」が大切とのこと。そのためには認知症への理解が地域全体に広まり、少しでも共感できる人が増えることが大切だと感じました。
今回の体験会で見た例は、認知症のほんの一部かもしれませんが、それでも知らないのとはまったく違います。
体験会は広陵町では昨年に続き2回目の開催とのこと。県内のほかの自治体や介護施設などでも行われています。「自分には関係ない」ではなく、機会があれば、ぜひ受けていただきたいと思います。
※この記事は、あくまで記者が参加した「体験会」の様子を、個人的な感想も加えて書いたものです。体験会によって内容は異なる場合があり、参加者からの意見もあくまで今回の会で出た意見です。
※体験会の内容の写真は株式会社シルバーウッド提供。