国原譜
奈良時代の天平9(737)年、日本は未…
奈良時代の天平9(737)年、日本は未曽有の国難に直面した。疫病が大流行し、平城京だけでなく地方の農村でも多くの人々が亡くなった。
時の聖武天皇は仏に救いを求め、東大寺大仏造立を発願。人々に「草のひと枝、一握りの土を運ぶことでもよいから」と協力を呼び掛けた。
約1280年を経て日本は再び、コロナ禍による国難に直面している。天皇陛下は23日の誕生日に際して聖武天皇の事績を挙げられ、皇室の役割を「国民の幸せを願い、苦楽を共にすること」とされた。
しかし、コロナ禍のため、陛下と国民が直接触れ合うことは難しい。そのため、宮内庁は「オンライン訪問」という新たな方法を取り入れた。
感染症対策以外にも、同時に複数の場所にいる人たちと会えたり、訪問が難しい場所でも行ける利点がある。陛下も「状況に応じた形で活用していきたい」と思いを述べられた。
時代や制度の変化、新しい技術開発などで、触れ合いの方法は変わるだろう。しかし聖武天皇が「草のひと枝、一握りの土」に込めた心は、象徴天皇制となっても変わらない。(法)
時の聖武天皇は仏に救いを求め、東大寺大仏造立を発願。人々に「草のひと枝、一握りの土を運ぶことでもよいから」と協力を呼び掛けた。
約1280年を経て日本は再び、コロナ禍による国難に直面している。天皇陛下は23日の誕生日に際して聖武天皇の事績を挙げられ、皇室の役割を「国民の幸せを願い、苦楽を共にすること」とされた。
しかし、コロナ禍のため、陛下と国民が直接触れ合うことは難しい。そのため、宮内庁は「オンライン訪問」という新たな方法を取り入れた。
感染症対策以外にも、同時に複数の場所にいる人たちと会えたり、訪問が難しい場所でも行ける利点がある。陛下も「状況に応じた形で活用していきたい」と思いを述べられた。
時代や制度の変化、新しい技術開発などで、触れ合いの方法は変わるだろう。しかし聖武天皇が「草のひと枝、一握りの土」に込めた心は、象徴天皇制となっても変わらない。(法)