国原譜
鎌倉時代の僧・忍性は大和国屏風里(三宅…
鎌倉時代の僧・忍性は大和国屏風里(三宅町)の人。戒律の復興とともに、病人や貧者の救済などの社会福祉事業に尽力した。
ある時、奈良坂に歩くこともままならないハンセン病の男がいた。哀れを思った忍性は、物乞いに行く男を自ら背負って奈良の町まで送迎したという。忍性の弱者救済への思いは、師の叡尊が「慈悲に過ぎた」というほどだった。
しかし、忍性の功績は一般的にあまり知られていない。日蓮宗の日蓮と対立したこともあり、新興の鎌倉仏教に対する抵抗勢力のようにみられることもある。
昨年の生誕800年を機に、真言律宗の若手僧侶らを中心に忍性の顕彰活動が行われている。15日には、忍性ゆかりの福祉施設跡「北山十八間戸」(奈良市川上町、国史跡)で顕彰法要が営まれた。
「忍性菩薩の生涯から学ぶべきことは多い」。法要の導師を務めた工藤顕任般若寺副住職は格差拡大が叫ばれる現代社会においての忍性顕彰の意義を強調する。
西日本豪雨被災者への支援の輪は県内でも日増しに広がる。忍性の精神は今を生きる奈良の人々にも受け継がれている。(法)
ある時、奈良坂に歩くこともままならないハンセン病の男がいた。哀れを思った忍性は、物乞いに行く男を自ら背負って奈良の町まで送迎したという。忍性の弱者救済への思いは、師の叡尊が「慈悲に過ぎた」というほどだった。
しかし、忍性の功績は一般的にあまり知られていない。日蓮宗の日蓮と対立したこともあり、新興の鎌倉仏教に対する抵抗勢力のようにみられることもある。
昨年の生誕800年を機に、真言律宗の若手僧侶らを中心に忍性の顕彰活動が行われている。15日には、忍性ゆかりの福祉施設跡「北山十八間戸」(奈良市川上町、国史跡)で顕彰法要が営まれた。
「忍性菩薩の生涯から学ぶべきことは多い」。法要の導師を務めた工藤顕任般若寺副住職は格差拡大が叫ばれる現代社会においての忍性顕彰の意義を強調する。
西日本豪雨被災者への支援の輪は県内でも日増しに広がる。忍性の精神は今を生きる奈良の人々にも受け継がれている。(法)