【動画あり】奈良産ワインで新たな万葉の風 奈良県初のワイナリー 醸造家 木谷一登の挑戦
奈良県香芝市の静かな住宅街の一角にある「木谷ワイン」で8月4日、ワイナリーで醸造されたワインの試飲&直売会が行われた。不定期で開催される試飲&直売会には、ご近所の人はもちろん、なんと大分県から関西のワイナリーツアーに来たという人たちまで、木谷ワインを求めファンが次々とやって来る。木谷ワインは奈良県初のワイナリーで原料も主に奈良県産のブドウにこだわっている。奈良県産のワインづくりにかける意気込みと今後の展開について醸造家の木谷一登さんに話を聞いた。
異色の経歴を持つ醸造家
醸造家の木谷さんはちょっと変わった経歴の持ち主だ。京都大学大学院で糖尿病予防の研究をし、卒業後は銀行員としてのキャリアをスタートさせるが、なぜか醸造家への道に進むことになる。
元々ワインが好きだった木谷さん。行員時代の取引先で地元の奈良から車で15分ほどの距離に大阪の老舗ワイナリーがあり、こんなに近くでワインが作られているのに奈良にはワイナリーが無いことを知り、奈良の味のワインがないなら自分がやってみようと一念発起し、醸造家を目指す。
奈良で生産されたぶどうを使って、奈良県産のワインを作る
奈良は標高が低いため昼と夜の寒暖差が少ないことやぶどう栽培に適した斜面が少なく水はけが良くないため実は、ぶどう栽培に向いているとは言えないと木谷さんは言う。
木谷 「ワインは、その土地の風土だけでなく、作り手の人柄や生きざまを表すもの。物作りであると同時にアートの要素もあり、誰も挑戦していない奈良で、自分だからこそ作れるワインを追求したかった」。
2年間の研修を経て2016年に独立した木谷さんは奈良の土地に合うぶどう選びから始め、 奈良県天理市や河合町、大阪羽曳野市に畑を確保。化学肥料、化学農薬、除草剤などを使用しないビオロジック農法で栽培し自然酵母を使って発酵させるという、あえてリスキーな手法にこだわった。それには大学院時代に培った科学的視点が役だったと言う。
木谷 「自然酵母の醸造は、ぶどうに付着しているいろんな菌がもぞもぞっと同時に動き出して複雑な味わいを生み出すのが面白いところで、それをうまくコントロールして、おいしいワインができた時はすごく嬉しいし、それを飲んでおいしいというお声をいただいた時も嬉しいです」。
収穫と仕込みで今が1年で1番忙しい時期
念願のワイナリーを生まれ育った香芝市に設立
こうして独立して6年後、2022年に醸造免許を取得し、その年に生まれ育った香芝市内に県内初となる念願のワイナリーを設立した。それまでは自社の畑で採れたぶどうを知り合いのワイナリーに醸造を委託し、でき上がったワインを販売していたのだが、これによって奈良県で生産されたぶどうを、奈良県で醸造する場所ができた。自社栽培、自社醸造。ドメーヌ・キタニの誕生だ。
異色の経歴を持つ醸造家が手がけるこだわりのワインは口コミで広がり、今や多くのファンに愛されている。 醸造所ができて3年目の今年は、なんと2万本を出荷する予定だ。当初は0.7ヘクタールだった畑も今は1.5ヘクタールほどを管理し、デラウエア、メルロー、ピノノワールなど約15種類のぶどうを栽培している。
奈良産ワインでぶどう農家に活力を
木谷さんは農家の価値を高めることにも力を注いでいる。ワイン用のぶどうの栽培は生食用のぶどうに比べて労力が1/2から1/3で済むため、高齢化で生食用のぶどう栽培を諦めざるを得ない農家に、ワイン用のぶどうを作ってもらうという新たな道を示すことで耕作放棄地を減らしていきたいと考えている。また、形が揃わず生食用では出荷できないようなぶどうをワインにしたり、ぶどうの行き先を作ることで農業を維持し、さらには付加価値を付けることによって、農家のモチベーションを上げていこうと考えている。
クオリティーの高いワインを目指すのはもちろんだが、一方でこれからは人を育て知識や技術を集結させ奈良の醸造の拠点となって、ワイン産業自体を盛り上げていきたいと語る。
取材期間中に木谷さんに第一子が誕生した。ワイナリーは軌道に乗り出し、新しい家族も増え、人生にますます深みと豊さが加わった木谷さんから、次はどんなワインが生まれるのか楽しみだ。