金曜時評
更迭は仕方がない - 編集委員 北岡 和之
初の黒人大統領誕生で沸き返る米国の政治の流れがどうなっていくのか注目されるなか、わが国の政治は衆院解散・総選挙の時期も不透明で、米国から発した金システム危機のあおりもあって、与党側の政策が迷走を深めているという印象を与える。
政権交代を目指す民主党など野党と自民・公明両党の与党との対決は、いよいよこれからが正念場。どうやら年明けに持ち越されたらしい解散・総選挙は衆院の任期満了までに必ずあるのであり、政治の言葉の真価、政治の本当の力が問われる。
政治をめぐる状況が緊張感を高めつつあり、政治家の発言を日々注目しているが、突然、思わぬところから政治的言説が飛び出し、与党側を慌てさせている。
言説の主は田母神俊雄氏(60)。航空自衛隊トップの航空幕僚長だったが、先日更迭された。氏は「真の近現代史観」懸賞論文に「日本は侵略国家であったのか」という題の作品で応募し「最優秀藤誠志賞」といういわば一等賞を獲得した。賞金300万円。ところが、その内容が過去の侵略戦争を正当化するもので、政府の公式見解と異なるとされ、更迭に至った。
唐突だが、今年7月に移転した奈良新聞の本社は奈良市法華寺町にある。毎年開催されている「基地祭」を訪れたこともあり、その存在はよく知っていたのだが、あらためて航空自衛隊奈良基地がご町内だったと認識した。奈良基地は昭和32年3月にこちらへ移転してきたという。奈良地方協力本部(奈良市高畑町)を除くと、唯一の県内にある自衛隊施設だ。主な部隊は幹部候補生学校。名称からも、誰でも航空自衛隊のエリートを養成するところだと思うだろう。
田母神氏と同じ懸賞論文には80人近い航空自衛官が応募していたそうだ。その中に幹部候補生学校の卒業生が含まれているのかどうかは知らない。ただ、陸上、海上自衛隊や内局からの応募者はいなかったというから、空自トップだった田母神氏の意向を受けた組織的な応募だったのではと疑われても仕方がない。
インターネット上でも公開されている田母神氏の論文の内容に入る前に、まずは政府見解に触れる。
いわゆる「村山談話」は平成7年8月15日付で当時の村山富市首相が発表した。談話は「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」とし、おわびの気持ちを表明している。
また「小泉談話」は平成17年8月15日付で当時の小泉純一郎首相が発表。こちらの談話は「我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明…」としている。
いずれも国家として「植民地支配と侵略」があったことを認める政府の公式見解だ。
これに対し、田母神氏の論文「日本は侵略国家であったのか」はどうか。田母神氏の論文から一部だけを取り上げるのは不服かもしれないが、そこは我慢してもらう。いわく「もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」
「侵略」は認めるべきであり、強引な解釈という印象をぬぐえない。被害者意識的に「ぬれぎぬ」などと言っても通用しないと思う。ここはやはり、戦中派に聞きたい。「侵略」をきちんと定義するのは難しいとしたうえで、戦中派は「戦争をしている国同士があって、相手国の領土内で行われた戦闘行為があった場合、それはやはり、その相手国への『侵略』である」(吉本隆明「私の『戦争論』」=ぶんか社刊)と指摘する。
政権交代を目指す民主党など野党と自民・公明両党の与党との対決は、いよいよこれからが正念場。どうやら年明けに持ち越されたらしい解散・総選挙は衆院の任期満了までに必ずあるのであり、政治の言葉の真価、政治の本当の力が問われる。
政治をめぐる状況が緊張感を高めつつあり、政治家の発言を日々注目しているが、突然、思わぬところから政治的言説が飛び出し、与党側を慌てさせている。
言説の主は田母神俊雄氏(60)。航空自衛隊トップの航空幕僚長だったが、先日更迭された。氏は「真の近現代史観」懸賞論文に「日本は侵略国家であったのか」という題の作品で応募し「最優秀藤誠志賞」といういわば一等賞を獲得した。賞金300万円。ところが、その内容が過去の侵略戦争を正当化するもので、政府の公式見解と異なるとされ、更迭に至った。
唐突だが、今年7月に移転した奈良新聞の本社は奈良市法華寺町にある。毎年開催されている「基地祭」を訪れたこともあり、その存在はよく知っていたのだが、あらためて航空自衛隊奈良基地がご町内だったと認識した。奈良基地は昭和32年3月にこちらへ移転してきたという。奈良地方協力本部(奈良市高畑町)を除くと、唯一の県内にある自衛隊施設だ。主な部隊は幹部候補生学校。名称からも、誰でも航空自衛隊のエリートを養成するところだと思うだろう。
田母神氏と同じ懸賞論文には80人近い航空自衛官が応募していたそうだ。その中に幹部候補生学校の卒業生が含まれているのかどうかは知らない。ただ、陸上、海上自衛隊や内局からの応募者はいなかったというから、空自トップだった田母神氏の意向を受けた組織的な応募だったのではと疑われても仕方がない。
インターネット上でも公開されている田母神氏の論文の内容に入る前に、まずは政府見解に触れる。
いわゆる「村山談話」は平成7年8月15日付で当時の村山富市首相が発表した。談話は「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」とし、おわびの気持ちを表明している。
また「小泉談話」は平成17年8月15日付で当時の小泉純一郎首相が発表。こちらの談話は「我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明…」としている。
いずれも国家として「植民地支配と侵略」があったことを認める政府の公式見解だ。
これに対し、田母神氏の論文「日本は侵略国家であったのか」はどうか。田母神氏の論文から一部だけを取り上げるのは不服かもしれないが、そこは我慢してもらう。いわく「もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」
「侵略」は認めるべきであり、強引な解釈という印象をぬぐえない。被害者意識的に「ぬれぎぬ」などと言っても通用しないと思う。ここはやはり、戦中派に聞きたい。「侵略」をきちんと定義するのは難しいとしたうえで、戦中派は「戦争をしている国同士があって、相手国の領土内で行われた戦闘行為があった場合、それはやはり、その相手国への『侵略』である」(吉本隆明「私の『戦争論』」=ぶんか社刊)と指摘する。