ポストコロナ 奈良の「持続可能な観光戦略」とは? - 新しい滞在で地域活性化
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ホテル積極誘致 宿泊客増が決め手
奈良県の目指す観光戦略
奈良県内に初進出したホテル「JWマリオット奈良」=奈良市三条大路1
インバウンド、団体・修学旅行依存から脱却
コロナ後見据え滞在時間を延長
新型コロナウイルス感染症の影響で、全国各地と同様に奈良県内の観光客数が減少傾向にある。2020年の「県観光客動態調査」の結果によると、同年に奈良県を訪れた観光客は約2600万人で、全国統一基準で集計を始めた2010年以降で最高を記録した前年、19年の約4500万人より約1900万人も減った。20年1月に国内で初となる「ヒトからヒト」コロナ感染者が県内で確認され、大きく影響を受けた。今後、県は、インバウンドや団体旅行、修学旅行などに依存しない「ポストコロナ」「ウィズコロナ」を見据えた新たな観光施策に乗り出す。県は引き続き、ホテル誘致を行うとともに、周遊観光や観光客の滞在時間を延ばす取り組みに注力する。専門家は「コロナによって旅行の形態などは変わる。持続可能な観光戦略が必要となる」と期待を寄せる。
コロナ禍で観光客が急減
近場や県内からの宿泊者割合はアップ
県観光客動態調査の結果によると、延べ観光客数は、「平城遷都1300年祭」が開催された2010年に4464万人に達した後、翌11年はいったん3331万人と減少した。だが、以降は継続して増加する。外国人観光客の増加もあって19年に4502万人となり、10年の記録を塗り替えた。
増加傾向の流れを受けて、20年も1月は前年比11・1%増の741万人と好調を維持した。しかし、2月以降はコロナ禍の影響で急減に転じ、5月には前年比84・1%減の76万人にまで落ち込んだ。
一方、アンケート調査をもとに集計した「県内宿泊者の発地割合」は、遠隔地の減少幅がより大きく、中部や近畿など近場からの宿泊者が高まる傾向となった。最も割合が高かったのは前年と同じ東京都で16・9%(前年16・2%)だったが、2位の愛知県は16・0%で前年(11・8%)より4?以上増加。県内からの宿泊者割合も、数字こそ小さいものの2・3%で前年(1・1%)から倍増した。
東大寺へ「程よい距離」バスターミナル開業
観光消費額の底上げに期待
観光客の滞在時間を延ばそうと、奈良県は2019年4月、県庁東側に「奈良公園バスターミナル」(奈良市)を開業させた。滞在時間の延長のほか、公園周辺の交通渋滞の解消や、周遊観光の拠点としても期待される。
同市内には、大規模なバスターミナルはなかった。奈良市内の定番観光コースは、観光バスが東大寺に近い県営奈良大仏殿前駐車場に駐車、観光客は東大寺や奈良公園を巡って再び同駐車場に戻り、大阪や京都などの宿泊先に向かった。
このコースでは県内の滞在時間は極端に短い。市内中心部の魅力が十分伝わらない上、県内での観光消費額の冷え込みにもつながっていた。
開業したバスターミナルは、東大寺まで徒歩で5分程度。奈良公園周辺を散策できる。また、ターミナル内の複合施設には、飲食店や土産物店なども併設し、県内消費の押し上げと滞在時間の延長にもつなげる。
荒井正吾奈良県知事は「バスターミナルの整備は、渋滞解消とアメニティーの向上が狙いだ。周遊観光をさらに促したい」と話す。
奈良公園周辺の渋滞解消と、周遊観光の拠点として整備された奈良公園バスターミナル=奈良市登大路町
大阪方面から好アクセス 新たな玄関口
「中町 道の駅」(奈良市)来年度オープン
奈良県は大阪方面からの奈良観光の玄関口となる「中町 道の駅」(奈良市中町)を2023年度内にオープンさせる。道の駅には、農産物の直売所やレストランが設けられるほか、観光バスや路線バスなど公共交通の拠点化も目指す。
中町道の駅の予定地は、同市西部の第二阪奈道路中町インターチェンジ(IC)近くにある県有地約3ヘクタール。2棟に分かれ、農産物直売所やレストランが併設される南棟と、カフェや観光案内所、待合スペースなどの北西棟からなる。駐車場には普通車約240台、大型バス20台が停められる。
また、関西国際空港や大阪空港などとアクセスできる高速バスの乗降口も設置される。
奈良県道路建設課の担当者は「奈良市の西部地域には道の駅はなかった。県の西の玄関口となる。周辺地域の魅力向上につながるように整備を進めたい」と語った。
大阪方面から奈良県への玄関口となる「中町道の駅」のイメージ図(奈良県提供)
最高級ホテル「JWマリオットホテル」進出
奈良県は、滞在型観光をより一層促進するため、2025年度までに宿泊客室数を1万2000室にする、という目標を掲げている。
奈良県内には国際ホテルが少なく、高級ホテルの誘致が課題だった。そんな中、20年春、奈良市役所南側に米国のホテルチェーン「マリオット・インターナショナル」(米メリーランド州)の最高級ホテルブランド「JWマリオット奈良」がオープンした。
奈良県は、同ホテルを拠点として、県内全域に点在する観光資源を回遊する滞在型観光の促進を目指すとしており、日帰り型から滞在型への転換を図る。
ホテルの近くには、国際会議が可能な県コンベンションセンターも立地。年内に開催予定の「ガストロノミー国際フォーラム」でも、同ホテルが利用される。
また、奈良県は1年後の23年に日本で開かれる予定の「主要7カ国首脳会議(G7サミット)」の関係閣僚会合を、同市内へ誘致することを目指している。今回は、奈良県コンベンションセンターと同ホテルを使用する。
刑務所がホテルに?
豊富な宿泊のバリエーション
「ホテルのバリエーションを増やしたい」(荒井知事)
3月21日にオープンした「なら歴史芸術文化村」に併設する形で、宿泊特化型ホテル「フェアフィールドバイ・マリオット・奈良天理山の辺の道」が同時に開業した。
開設したのは、積水ハウスと米ホテル大手マリオット・インターナショナル。全国各地の道の駅などで展開しており、県内初進出となった。同ホテルは素泊まり型。周辺の飲食店や農産物直売所、観光地を案内し、道の駅が観光拠点として生かせそうだ。
一方、国の重要文化財「旧奈良監獄」(奈良市般若寺町)を活用したホテルが、24年に開業する見通し。
全国各地でホテルを経営する星野リゾート(長野県軽井沢町)が、旧奈良監獄に目を付けた。同監獄は、明治政府が監獄の国際標準化を目指して建設した五大監獄の一つ。
赤れんが造りの建物について、歴史的価値が高く、17年に国の重要文化財に指定された。同社は、旧奈良監獄の赤れんが建造物の耐震改修工事をはじめ、協力事業者としてホテル運営を担う。
大阪・関西万博をねらえ
ホテル誘致に補助金創設
奈良県は昨年、県内に一定規模以上のホテルや旅館を新築する事業者を対象に「奈良県宿泊施設立地促進補助金」を新たに創設した。
これは建物の所有者を対象に、投資額の5%、最大で2億円を補助する制度。昨年度は23年3月までに着工、26年3月までに操業を開始する宿泊施設を対象に募集を行った。
25年4月からの大阪・関西万博の開催、また新型コロナウイルス感染症の近い将来の終息を視野に、観光需要の回復を見据えた新たな投資が動き始めており、奈良を訪れる観光客の観光消費額の増加が、県経済の成長の起爆剤となることが期待される。
奈良県立大学地域創造学部 新井直樹教授に聞く
「世界フォーラム」を好機に
奈良県内に1泊してもらう仕組み
新井直樹 教授
コロナ禍前は、2019年の1年間で、奈良県内の観光客数は約4500万人で史上最高を記録した。県は成長戦略の柱、雇用創出の切り札として観光産業に力を注いできた。ポストコロナでも、新たな観光を通じた地域の活性化が重要視されている。今回は、ポストコロナに向けた奈良県の観光施策について、有識者である奈良県立大学地域創造学部の新井直樹教授(52)に話を伺った。
―コロナの影響で観光産業が変わろうとしています。今後、国内の観光は、どのように変遷していくのでしょうか。
新井 コロナの影響で、人々の意識や行動が変わろうとしています。中でも観光産業は、コロナによって大きく変容していくでしょう。コロナ前のインバウンド観光や、従来型の観光バスツアーのような団体旅行も、減っていくはずです。今後伸びていくのは、「個人を対象として観光客のニーズに合わせたツアー」が主流になりそうです。
―奈良県は食と観光を組み合わせた「ガストロノミーツーリズム」を推進しています。
新井 「ガストロノミーツーリズム」は、県の新たな観光の取り組みとして注目しています。奈良県内を旅行で訪れる人は、刺し身などの海産物や、県外産の食べ物に期待していません。やはり、その土地で採れた食べ物や特産品など、地元産の野菜や牛肉、地鶏などを食べたいものです。
今年開催予定の食と観光「ガストロノミーツーリズム世界フォーラム」は、良い機会になるでしょう。県内産のおいしい食べ物を集め、観光につなげる施策を追求してもらいたいです。
―県はさらなるホテル誘致を進めていますが、いかがでしょうか。
新井 JWマリオットが県内に進出したことが大きく影響しています。県内観光で宿泊施設の頂点が定まれば、いろんなバリエーションが生まれます。マリオットなどが道の駅に新たにホテルを建設したり、星野リゾートが明日香村に目を付けるなど、県内各地にさまざまな形態のホテルが増えていくでしょう。
―今後、どのような観光施策が必要でしょうか。
新井 ハード面の整備は必要ですが、ソフト面の変革も必要です。関西圏に訪れる人は、奈良県に奈良公園を日帰りで観光して、大阪や京都で宿泊するケースが多いです。何とか奈良県内で1泊以上するような工夫が必要です。
そんな中で、観光名所の少ない県内の中山間地でも、観光で人気を集めた地域も出現し始めています。今後さらに、トレッキングやキャンプなどの需要も増えていくはずです。
あと、住民が積極的に参加し、観光客をおもてなしすることも重要です。コロナによって持続可能な地域観光戦略が必要といえます。奈良県の観光産業にとって、「大仏商法」からの脱却に絶好の機会でしょう。