正倉院展を初めて訪れたのは学生時代。楽…
正倉院展を初めて訪れたのは学生時代。楽器や仏具など天平の至宝が並ぶ中、なぜか変哲もない色氈(しきせん)に心ひかれたのを覚えている。
特別な何かがあったわけではない。ただじっと見ていると、その柔らかそうな敷物を踏んで、すくと立つ古代の貴人の姿が連想されただけ。
写真では分からない本物を目の前にしたときに膨らむ想像力。最近は古文書や経典、行政文書のたぐいに関心が向く。中でも署名からは書き手の人となりが伝わってきて興味深い。
今年は東大寺初代別当の良弁、お水取りの創始者とされる実忠、そして法王にまで上り詰めた道鏡らの筆跡がそろい、見比べられる好機だ。
また役人が作成した文書も写経とは違う癖の強い文字、訂正箇所など臨場感がある。内容も当時の行政や社会習俗を知る一級史料。展示は最後の文書コーナーまでしっかり見たい。
もちろん美しく精緻な工芸品も目白押し。会場で見付けた関連グッズでは希代の名香蘭奢待(らんじゃたい)のデザインクッションがマニアック。奈良国立博物館で開催中の第75回正倉院展は13日まで。(松)