奈良―大和西大寺(近鉄奈良線) - 高円山に浮かぶ「大文字」
『梓(あずさ)弓 手に取り持ちて 大夫(ますらを)の 得物矢手挟(さつやたばさ)み 立ち向ふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで 燃ゆる火を いかにと問へば 玉桙(ほこ)の 道来る人の 泣く涙 こさめに降り 白たへの 衣(ころも)ひづちて 立ち留(とま)り われに語らく 何しかも もとなとぶらふ 聞けば 哭(ね)のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き 天皇(すめろき)の 神の御子(みこ)の いでましの 手火(たび)の光そ ここだ照りたる』
高円山(462メートル)ふもとにある白毫寺は、もと志貴皇子の別邸だったといわれている。この歌は霊亀2(716)年に皇子が亡くなり、その葬送の様子を当時の歌人・笠金村が詠んだ。葬送の列がたいまつのもと、暗闇の高円の野を巡り葬地に向かったようだ。
高円山は今では「大文字送り火」が行われる山として知られている。「宇宙」を意味するといわれる「大」の字の第一画の長さ約109メートルと日本最大級の大文字の送り火。戦没者の慰霊を目的に毎年8月15日に行われている。
写真は、この大文字送り火の日に撮影した。萩(はぎ)の寺として知られる白毫寺も9月に入り見ごろが近づく。
『 高円の 野辺(へ)の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに 』
●参考図書=米田勝著「万葉を行く」(奈良新聞社刊)、和田嘉寿男著「大和の万葉歌」(奈良新聞出版センター刊)
写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)